孤独の買取屋

筆入優

孤独の業者

「じゃあまた明日な」


「おう」


 マウスカーソルを切断マークに合わせる。クリックすると南との通信が切れた。


 通話画面から切り替えるとゲーム画面が映る。そのロビーに南のアバターはなかった。寂しくなったロビーを俺も退出した。


 深夜二時。明日もいつも通りに学校に行き、友人である南に会える。なのに、なんなのだろうか。通話を切った途端に訪れるこの孤独感は。


 俺は友人は多いほうだが、家に一人の時の孤独感は拭いようがない。俺は布団の上でじっとできず、やがて起き上がった。


 さっき電源を切ったばかりのデスクトップパソコンを点ける。起動が完了したのを確認し、検索アプリを開いた。


『孤独感 解消』


 そう打ち込んで検索をかける。表示された検索結果をスクロールして見ていく。


 二ページ目にとんだところで、一際目を惹くサイトを見つけた。


[孤独感買い取ります]


 俺は吸い込まれるようにしてそのサイトに入る。簡素で怪しげなホームページだったが、ウイルス検出ソフトの動きは見られない。


 ページの最上部には[手続きはこちらから]と記されたリンクが貼ってあった。それをクリックすると、住所や電話番号その他諸々の個人情報の入力フォームが表示された。


 順番に入力していく。


 それが終わると自宅に業者が来る時間の指定フォームが出てきた。俺は学校から帰宅後の十七時頃を指定した。


                        *


 果たして、例のサイトの業者はぴったり十七時にやってきた。


 玄関で業者が来るのを心待ちにしていた俺はインターホンが鳴った瞬間に扉を勢いよく開けた。


「孤独の業者です~」


 孤独の業者と名乗った男はやけに爽やかで、顔のあちこちにキスマークがついていた。少なくとも接客に来る身なりではなかった。そして、その風貌からは到底孤独には見えなかった。


「どうも」


 俺は軽く会釈をする。


「孤独感、買い取りますよ?」


 彼はその爽やかさに似つかわしくない、気味の悪い歪んだ笑みを浮かべた。


「全部でお願いします」


「孤独感全部ですと……」


 と、彼のスマホが鳴った。


「すみません、友人からです。そいつ、時間滅多にないんで今電話してきてもいいですか?」


「まあ……どうぞ」


 随分と無礼な奴だなと思いつつ、電話を促す。


 電話が終わると、男は俺に再び爽やかな笑顔を向けてきた。


「それで、全部ですと……三億円ですね」


「三億?!」


 俺は後ろに飛びのいた。その拍子にドアノブにぶつかった背中が非常に痛んだ。俺はそこをさすりながら、彼の話に傾聴する。


「ええ、孤独感も、一つの感情ですからね。それを失うのは、三億じゃ足らないぐらいですよ。ちなみに、三億は僕の全財産です」


「それは買い取らせるのは気が引けるな……」


「いえ、お気になさらず」


 男は「それじゃあ、銀行に振り込んどきますから」と言って立ち去った。




 翌日、俺はいつも通りに学校に行った。昨夜は孤独感のない状態で眠りにつけたのでぐっすりと眠れて、授業は一限たりとも居眠りをしでかすことはなかった。勉強に集中できるようになったのは喜ばしいことだったが、不思議と友人との距離感がやけに遠い気がした。いや、俺が自ら遠ざけていると言ったほうが正しいだろう。


 俺は彼らと交流する気にもなれなくて、俺にしては珍しく、食堂に足を運んだ。


「どうした原田。今日は付き合い悪いな」


 そんな俺を探しに来たのか、南は俺の真向いの席に腰を下ろした。頬杖をついて俺を眺める。


「そうか?」


 俺は南に言われたことを自覚しつつも、とぼけてみせる。


「うん。別に俺たちのことを嫌ってるって感じでもないけど、距離とってはいるよな」


 南が図星を突いてくる。俺はカツカレーのカツを載せたスプーンを口に運びかけ、下ろす。


「さあ、気のせいじゃね?」


 返事を考えてみたが、ふさわしい言葉は思いつかなかった。結局、南の『気のせい』ということにしてしまった。


「ま、なんかあったんなら相談乗るし、話したくないなら俺は帰るぜ」


 南は眉をピクリと上げた。


「悪いな。今日は話す気分でもない」


 俺は苦笑いで返した。南は嫌な顔一つせず、「おう」と言って食堂を出て行った。


 それから放課後になり、俺はいつもの寄り道もせず、まっすぐに帰路についた。その間、今日の俺を客観的視点で回想してみた。やはり思い当たる節は昨日の買取屋しかなかった。買取屋がどのようにして俺を人間関係に冷淡な人間にさせたのか。それは見当もつかなかった。


 家に着くとスマホでサイトを開き、そこに記載された番号にコールした。


『もしもし』


 電話に出たのは、昨日の不気味な男だった。


「もしもし、昨日の原田です」


『原田様……ああ、三億の方ですね』


 数秒、紙を捲る音がした。利用者リストでも確認していたのだろう。


「ええ」


『今日はどうされました?』


「お尋ねしたいことがあってですね」


『はいはい』


「孤独感はなくなったはずなのに、何故だか友達と関わりたくなくなったんですよね。昨日まではそんなことはなかったので、もしかしたら買い取ってもらった影響なのかなあ、と」


 男は「フッ」と失笑した。


『当サービスの説明を読まれました?』


「い、今見てみます!」


 言われて、俺は急いでパソコンを点けた。サイトに飛び、下のほうに小さく記された『説明リンク』をクリックする。


 次の瞬間、ブワアアと文字の羅列が表示された。スクロールしていくと目を惹く一節を見つけた。俺はホイールを回す指を止めた。


[注意事項:孤独感は人と繋がりたがる一種の欲求です。本当に無くしてしまってもいいのですか? お客様は、一時の孤独から逃れるために、一生の繋がりを捨ててしまうのですか? 今一度踏みとどまって、考えてみましょう。]


 俺は一人でも平気だ。平気なはずなのに、もう他の奴らとは違う人生しか歩めないのだと悟ると、涙があふれて止まらなかった。

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孤独の買取屋 筆入優 @i_sunnyman

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