第2話-SideA 普通なのに奇妙な名前

 新学期。

 明菜は八時少し前に家を出て、学校へ向かう。

 自分のランクに合う高校が、歩いてわずか二十分というのは本当にありがたい。

 通常自転車で行くのだが、自転車の使用許可は学年毎で更新されるので、今日は歩いていくしかない。


 クラス替えの掲示板を見る。

 この学校のクラス替えの発表はちょっと変わっていて、掲示されている一覧に記載されている名前の並びは、去年のクラスのもの。そこに、それぞれが今年何組になるかが記載されている。

 なので、去年のクラスメイトがどの組になったかがすぐわかる一方、新しいクラスの仲間は教室に行くまではちょっとわかりにくい。

 自分は三組。親友と言っていい香澄は――残念ながら六組だった。

 去年も今年も違うクラス。来年は同じクラスになれないかな、と思う。


 教室に入ると、黒板の席順表には多くの人が群がっている。

 何人かの友人と挨拶を交わしつつ自分の名前を探すと、すぐに見つかった。

 廊下側の最後列。

 アニメとかだと、遅刻してこっそり入ってくる生徒を一番に見つけられる場所だ。


「……あれってこの席だと見つからないのかな?」


 遅刻する気はないが、ふと思ってしまった。

 隣は――とみると『秋名 夏輝』とある。


「これ……あきなって読むんだよね、多分」


 自分の名前と同じ。

 それに、下の名前は――。


「普通に読んだら、なつき、だよね……」


 すごい組み合わせだ。いや、別にどちらもおかしくはない。

 おかしくはないのだが、自分の名前と並べると、とたんに奇妙なことになる。

 こんな偶然もあるものなのか。


 教室を見渡すと、その『秋名夏輝』はすでに席に座っているようだ。

 すぐ近くに少し大柄の生徒がいて、何か話している。

 立っていないから分からないが、背は普通くらいか。肩幅が特に大きいという事もないし、極端に太っていたり痩せていたりすることもない。

 髪型も普通で、染めたりもしてないようだ。

 見た感じ、まじめな普通の男子生徒に見える。

 一番端ということは、嫌でも隣の席の人とは話す場面が出てくるだろうから、とりあえず安全そうな人で良かったかな、と思ってしまう。


 席に行って、カバンを机の上に置くと、隣を見た。

 どちらかというと物静かな雰囲気の人かな、というのが第一印象。


「お隣さんだね。よろしく、なんだけど……。えっと、秋名君?」

「ああ。秋名……夏輝だ。奇妙なことになってるが、よろしく」


 そういって、こちらを見て――少し驚いたようだ。

 この反応には、明菜は慣れている。

 自分の容姿が人を惹きつけやすいのは、自覚があるのだ。

 別に下心とか関係なく、初めてあった人ならこういう反応は珍しくないので、別に不快に思うこともない。


「おい、どうした夏輝」


 ただ、それは自分にとってであり、どうやら彼の友人だと思われるもう一人には不思議に見えたのか。

 むしろそちらの友人は何も思ってないのは――まあそういう人もいるだろう。


「あ、いや。なんでもない。よろしく、那月さん」


 少しだけうろたえたように見えるのが可愛いと思えてから――あれ、と思った。

 この声には聞き覚えがある。

 でも、この人とは間違いなく初対面だ。

 こんな面白い名前の人、一度会ったら絶対に忘れない。

 一体どこで――と記憶をたどってみる。

 声の記憶で直近で気になったといえば、あの春休みに特別棟の屋上にいた人。


「……あれ。その声……?」

「なんだ?」


 もう一度聞いて――確信した。

 間違いない。あの屋上にいた人の声だ。

 ほぼ確信は出来たが、念のため確認する。


「……あのさ。もしかしてなんだけど、秋名君、春休みの夜に、特別棟の屋上にいなかった?」

「ん? ああ……春休みに許可取って夜に屋上いたことあるけど……なんで那月さんがそれ知ってるんだ?」


 やっぱり。

 まさか恩人が新しいクラスメイトで、隣に座っているとは思いもしなかった。

 この偶然は、本当に奇跡のようで誰かは分からないが感謝したい。


「ほら、覚えてない? でっかい音楽鳴らして助けてくれたの」

「音楽……ああ、あの時の!」


 彼も思い出してくれたらしい。

 言いたかったお礼をすぐ言えるのは本当に――嬉しく思えた。


「あの時はホントにありがとう。助かったわ」


 彼の手を取ると、思いっきりぶんぶん、と振ってしまう。

 本当は抱き着いて感謝を表現したいくらいだが、さすがにそれは、初対面では失礼だと思うから、自重した。


 でもそのくらい――本当に感謝していた。

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