第2話 好きなものを語る時オタクは早口になりがち
「今日も素敵なプリンセスに出会えたね。……それじゃ、グンナイッ☆」
お決まりのセリフをとびきりのキメ顔で繰り出したところで今日の動画撮影が終了した。
そして、ここからが俺にとって苦しい戦いがはじまるのだ。
「あああああああああああっ! 俺はまたなんであんなノリノリで……!」
本当の戦いとは、襲い来る羞恥心と自己嫌悪に耐えること。
こんな調子でしばらく床を転がってのたうちまわるハメになる。
「今日も盛大に転がっているわね王子星彦」
案の定、そんな俺を見下ろし……いや、見下すようにして日崎誾千代は微笑んでいた。
「そうして苦悩に身をよじらせる姿も素敵よ。お米が三合はいけそうだわ」
「俺の不幸をおかずにするな。そして意外に食うなおまえ。米好きなのか」
「お米は日本人の心ではなくて?」
明るい髪色の縦ロールにくっきりした目鼻立ちの日本人離れした容姿のお姫様はうっとりとした顔で続ける。
「家の者が許してはくれないけれど、いつかは“アレ”もやってみたいと思っていわ」
「アレ?」
「ほら、アニメや漫画に出てくるじゃない。お茶碗に山盛りのごはん」
「“アニメ盛り”とか“まんが盛り”とかって言われてるやつか。いいとこのお嬢様のくせにわんぱくな食い方に憧れていらっしゃる。ていうかおまえもアニメとか見るんだな」
「見ないわ。……いえ、“見ない”ではなく“見てこなかった”と言うべきだったわね。最近ではお友達に勧められて嗜むこともあるわ」
このお姫様にも“お友達”と呼ぶような相手がいたのか。
はっきり言って、こいつが学校で俺以外の誰かとこんな風におしゃべりをしているところを見たことがない。
まあ、出会って日も浅いしクラスも違う。
もしかしたら学校の外の“お友達”なのかもしれない。
そもそも俺が『日崎誾千代』という少女の何を知っているというのか──
「ちなみに、あなたはわたくしの友達じゃなくてよ」
「はいはい。どーせまた“王子様”とか言うんだろ」
「配偶者よ」
「いつの間にか婚姻関係にまで発展している!?」
「法的にも有効よ」
「ちょっと待て! 婚姻届とかそういうのにサインした覚えがないんだが!?」
「合意のものと判断して代筆しておいたわ」
「一つたりとも俺の意志が反映されてねえよ!」
「冗談に決まっているじゃない。そもそもわたくしたちの年齢では結婚できないでしょう」
「あ……」
言われてみれば。
もしかして思い切りからかわれていたのか。
「『七黍グループ』の影響力を持ってすれば今国会中に修正案を出させるくらいはできそうね……」
「法律の方をどうかする方向に舵を切ってきた!」
誰だ! この女に金と権力を与えたのは!
「これも冗談よ。星彦はいちいち反応してくれるからつい“おかわり”してしまったわ」
「おまえが言うと冗談に聞こえないんだよ……」
グループ総売上が八十兆円を超えるコングロマリット企業『七黍グループ』の令嬢なら、本気で法律くらいねじ曲げてしまいそうだ。
そういうのは俺とは無関係なところでやってほしい。
「だいぶ“お米”から話がそれてしまったわね」
「あ、そこに話戻るんだ」
「実は、“お米”のことであなたに相談があるの」
「おまえが俺に相談なんて珍しいな」
いつも一方的にあれこれ言ってくるだけなのに。
「相談したいのは『炊飯器』についてよ」
炊飯器。
日本のご家庭ならまず持っているであろう家電製品だ。
「新しい炊飯器でも買いたいのか? だったら俺がおすすめを──」
「そんなわけがないでしょう。この痴れ者」
「いきなり言葉が強い!」
これもアレか? 俺をイジって楽しんでるのか!?
「我が社の『炊飯器』の、この店での売れ行きはどうなのかしら?」
「そんなの聞いてどうするんだ? おまえならもっと全体的な数字がわかるだろ」
「実際に販売している側の意見が聞きたいの」
「うーん……」
炊飯器は、うちの店でもとくに目立つところに展示してある。
それだけ人気があるわけで、どのメーカーもしのぎを削って開発している。
美味しいごはんを炊くというただそれだけのために「そこまでするか?」ってくらいの技術が注ぎ込まれている。
さっき日崎が「米は日本人の心」なんて言ってたが、まさにそれを体現するかのような開発者たちの情熱の結晶が現在の炊飯器だ。
「はっきり言うと、他に比べると……って感じだな。今はいくつか大ヒット商品があるからお客さんはみんなそっちに流れてる」
「やはり、そうなのね」
「おまえのところのもいい炊飯器だと思うぞ。“蒸気カット”はかなりありがたい機能だ。炊飯器の蒸気って栄養たっぷりだから当たってるとこがカビちゃったりするんだよ」
「よくわかっているじゃない。さすがは家電王子だわ」
「その呼び方やめて」
王子様呼ばわりは動画の中だけで充分だ。
「でもなー、やっぱ昔から炊飯器に力を注いでる大阪の両雄T社とZ社は魅力的な商品を出すよなー。とくにT社が先日発売したやつは『家電総評』を筆頭に家電系雑誌が軒並み最高評価をつけている。個人的に言えば味については個人の好みだと思うから一番は決められないが、土鍋釜で炊き上げた米は艶も粒立ちも素晴らしかった。あのスタイリッシュで高級感溢れるデザインや大型液晶タッチパネルは最先端すぎて使う人を選びそうだが、一方で大きく見やすいボタンや音声ガイドでそこをカバーしようともしている。あと、内蓋がマグネット式で取り外しが簡単かつひとつのパーツのみで構成されているのでお手入れが楽なところはちゃんと使う人目線に立っている。これまで培ってきた技術や利便性と新しさの両立。まさにT社百周年の集大成と言っても過言じゃない完成度だ。まあ、その分価格もかなり高めに設定されてるが……。言うなれば歴史と伝統ある名家のお姫様ってところだな。才色兼備すぎて庶民には近寄りがたいってところがなんだかおまえに……似……て……」
あ、あれ?
日崎なんかめちゃくちゃ怒ってる?
「王子星彦、わたくし言ったわよね? わたくしの前で
「い、言ってたような……」
「では、わたくしが強い怒りをおぼえた時にどうやって解消するかはわかるかしら?」
「それは……たぶん、まだ知らないかな?」
「ちょうど良かったわ。お互いのこと、また一つ知る機会ができたわね」
あ……これ、俺死んだわ。
* * *
「まったくもって不愉快だわ」
帰りの車内、日崎誾千代は怒りの炎いまだ冷めやらぬといった様子でずっと頬を膨らませていた。
「今日初めて星彦のこと『ちょっとキモい』と思ったわ。仲村、あなたの作戦は失敗ではなくて?」
「いえ、結果としては上々です」
仲村はすました顔で答えた。
「男性は自分の話を聞いてくれる異性に好感を持つ傾向があります。とくに、自分の趣味に興味を持ってくれる相手とならばなおさらです。私も若い頃はガ〇ダムとダ〇クナイトの話をふってオタクたちを手の平で転がしたものです」
「がんだ……よくわからないけど、効果はあったということね」
「間違いなく」
優秀な仲村がこうまで断言するのだからその通りなのだろう。
「でも、やっぱりあの早口はちょっとキモかったわ」
珍しく“彼”のことを悪く言う主の姿に、仲村は年相応の少女らしさを感じていた。
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