第3話 悪魔の子は悪魔でしかない



 中学生。精神はまだ未熟で経験も多角的な視野もない。体の成長だけは大人に近づく。クラスというぬるい箱庭の中での集団生活。思春期とモラトリアム。見本となる大人の悪魔たち。くすんだ世界。


 彼ら彼女らは邪気なく生きる。悪魔としての本質を薄く隠す分、陰湿で小賢こざかしくある。逆に言えば、悪魔であるための教育はここでしっかり行われることになる。


 自分に起こる事象を、己ではない他のに責任を負わせようとする。


 傷つける者と傷つきたくない者が、傷つけられない者を追い詰める。

 

 将来の夢は公務員。そう言わせる世界の在り方……



 昨年度の途中から非常勤講師としてそろそろ9か月。消去法的に選んだかつての道は、そのまま中途半端に惰性で進み、3度の教員採用試験不合格という現実に行き当たった。今更、他の道を選ぶほどの心の強さもやりたいこともなく、心配した親が叔父のツテで産休を取る教師の代役として働くことになった。


 だが、この世界で己が心底目指したことで、生きる費用を稼ぎ、生きている充足感を得ている者はどれだけいるだろう。妥協と打算、比較と思い込み。悪魔の生き方は折り合いをつけて心の安定を求めるものだと自分を納得させる。どうせ夢の中であると。



  ◆   ◆   ◆   ◆



 2限目の2年2組の数学の授業。淡々と1次関数を教科書通りに進めていく。黒板を叩くチョークの音が響く。はたから見れば、生徒たちは真面目に授業に取り組んでいるように見える。

 しかし、授業後に質問にくる生徒は誰もいない。ノート提出が評価に関わるから、仕方なく黒板に書かれたことをそのまま書き写している。

 気づいてないと思ってるのか、机の下でスマートフォンを触っている者がいるのは知っている。授業内容と関係ないものを内職している者がいるのも知っている。上手く隠せているつもりで寝ている者がいるのも知っている。

 しかし、特にさわぎ出さないかぎりは特段口を出さないようにしている。曲がりなりにも教師を目指していた心の片隅にくすぶっていた熱で、年度の始まりに授業が騒々しくなったところに、強めの口調で注意をしたことが効果的だったのかもしれない。それからは生徒たちは表面上は真面目なふりをするようになった。細々こまごまと注意し、逆に反発を産む危険性についても話を聞いていた。結論、落としどころとして、何の疑いもなく授業を受けている者の邪魔をしなければ、とりあえず良しとしたのである。


 だが、このクラスはそんなことなど些細ささいなことであろう重大な問題をかかえていた。



 チャイムが鳴ると同時に授業を終え、まっすぐ職員室に戻る。「お疲れ様です」と職員室内の誰に対してでもなく形式として口に出す。返事はない。慣れてきた自分のデスクに座り、1つ息を吐く。

 職員室内は違った意味で気が滅入ることがある。職員からの冷遇。年が近い教師の何人かとはさほどわだかまりはない。しかし、ある程度勤務している教師陣は必要最低限のことしかコミュニケーションを取ろうとしてこない。

 非常勤講師、叔父のツテで入ってきた者に対する視線は長く勤務している先生からすれば気に入らないだろう。自分がそう思い込んでしまっていることが、なお関係を築けなくしていることも解っている。

 悪魔は、社会性を重んじる。同じ境遇・環境・経験が個の集団を1つの生き物にする。生き物の右手が好めばその生き物全体も好み、左足が嫌えばその生き物全体も嫌う。心が弱い悪魔が集団でその弱さを補い合うのは至極自然なことなのかもしれない。


 人間関係は大人であろうと難しい。中学生であればなおさらであろう。



 3・4限の授業も粛々と終えてお昼休みになる。担任ではない自分は職員室でコンビニで買ってきたオニギリとコロッケパンをささっとたいらげる。この環境下では、何を食べようと味気ない。居心地の悪さから職員室から逃げ、生徒立ち入り禁止の誰もいない屋上に足を運ぶ。こっそり持ち出した屋上の鍵を差し込み、少し錆びついたドアを開ける。


 あお。ただ広がるあお


 この夢の中で、鮮やかさが感じられる景色。今日は雲1つない。くすんだ世界に隠されたサンクチュアリ。この蒼にどれだけ心が洗われただろう。救われただろう。

 入口脇の壁に寄りかかって座り、甘い缶コーヒーのプルタブを開ける。蒼をぼんやり眺めながらしばしの時間を過ごす。悪魔であることを忘れられるこの一時。ふと口元が緩む。


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