不器用魔女の子育て記
ゆうさん
第1話 決断と名付け
野山と海に囲まれた何の変哲のない町『メルヘース』。人口1万人程度のこの町のはずれの山には薬作りを生業とする魔女がいた。姿は20代前半くらいの若い女性だが、誤って失敗作の薬を飲んでしまい体の成長が止まって寿命によって死なない体になっていた。魔女と言っても町の人を呪ったり、攫ったりすることはなく、薬を町の人に売る代わりに謝礼として食料や必要品を分けてもらういわゆるwin-winの関係を築いていた。
ある日の朝6時頃、いつものように魔女が愛犬と一緒に山に薬草を取りに家を出た。薬草を探し始めて数分後、いつもは吠えない愛犬のコムギが魔女を呼ぶように吠えた。
「どうしたコムギ?なにか珍しいものでも見つけたの?」
魔女がコムギが鳴いているところまで駆け寄ると、そこには昨日までなかった布が被さった揺り籠がポツンと置いてあった。
「まさか・・・。」
魔女が恐る恐る揺り籠に被さっていた布をめくると、そこには生まれて間もない1人の赤ん坊がすやすやと眠っていた。
「やっぱり。長年この山で生きてきたけど赤子が捨てられていたのは初めてねぇ。見つけてくれてありがとねコムギ。」
「ワン!」
魔女は眠っている赤ん坊を一旦自分の家へ連れて帰った。
「さてと、連れて帰ったのはいいが赤子なんて育てたことないし。・・・しょうがないあの子に相談するか。少しの間、お留守番お願いねコムギ。」
魔女は身支度を整え、赤ん坊を抱えて町に向かった。道中、赤ん坊をあやしながら町へ向かい、いつもより疲弊した状態で町にたどり着き、ある雑貨屋の前まで来た。
「やっと着いた。ミサいるかい?」
魔女が呼びかけると、店の奥から50歳前後の小太りのおばさんが出てきた。
「あら?魔女様じゃない。珍しいわねこんな朝早くに来るなんて。いつもは来ても夕方くらいなのに・・・ってその子どうしたの?誘拐した?」
「するわけないでしょ。朝、薬草取りに行ったときに山の中に捨てられてたの。」
「あら~そうなの。ひどいことする人もいたもんだね。」
魔女がミサと話している途中、赤ん坊が起きて泣き出した。
「あっ泣いちゃった。どうしたのうるさかった?」
「あら、起こしちゃったかしら。あ~おむつね。魔女様ついてきて。あなた~少しの間店番お願いね~。」
ミサは店番を旦那に任せ、魔女と赤ん坊を店の2階に案内した。
「さ、魔女様ここにその子を寝かせて。」
「えぇ。」
魔女はミサが敷いたシーツの上に赤ん坊をそっと寝かした。
「気持ち悪かったね。もうスッキリするからね。」
ミサは慣れた手つきであっという間におむつを交換した。
「流石、慣れてるわね。」
「そらそうよ。こちとら伊達に3人も育ててないよ。ちょっとミルク作ってくるからその子見てて頂戴。」
「わかった。」
ミサはミルクを作りに台所へ向かった。魔女は赤ん坊の小さな手を優しく握り
「ふっ、赤ん坊ってこんなに温かいんだな。」
赤ん坊は魔女の手をキュッと握り、くしゃっとした笑顔を向けた。魔女は赤ん坊の笑顔に一瞬にして心を奪われた。
「さ、ミルク出来たよ。」
ミサは赤ん坊にミルクをあげながら、話を切り出した。
「それで魔女様。この子どうするの?私達が預かるとかでもいいけど。」
「ミサ、長年の友人として頼みがある。私に子育てを教えてくれ。」
「・・いいけど、意外だったね。てっきりあの子を私達に預けると思ってた。薬の調合で忙しいからって言って。」
「確かにそうだけど。子育てなんてそうそうできる経験でもないし、それにこんな笑顔見せられたらやってみたくなるじゃない。」
「そう、わかった。ちょっと待ってな。」
ミサは部屋を出て、数分後に大量の荷物を持って戻ってきた。
「これは?」
「私が使ってた子育てに必要な物ね。おむつとか哺乳瓶とか。後は私の着替え。」
「着替え?」
「そう、しばらく魔女様の家に泊まっていろいろと教えていくから。旦那の許可もとったし。」
「いや、流石にそこまでは・・。」
「子育て舐めたらいけないよ。」
ミサは魔女の額にデコピンをしながら言った。
「子育てをしたことがないのにいきなり一人でやるって心が先に壊れるわよ。しかも、魔女様、薬を作ること以外は何もできないでしょ。心配で仕方がないわ。」
魔女はミサの言葉にぐうの音も出なかった。薬の調合に関しては天才的だが、それ以外に関しては別人と思える程不器用なのだ。料理が成功したためしがなく、部屋をきれいに保てても2日が限界である程だ。
「わかりました。宜しくお願いします。」
「うん、それでこの子の名前はどうするんだい。魔女様の子供だ。魔女様が決めな。」
魔女は赤ん坊の顔をじっと見つめて
「決めた、『ノア』。『ノア』にするわ。」
「『ノア』か、いい名前だね。」
「よろしくね。ノア。」
この日から不器用魔女による激動の子育てが始まった。
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