『あ』 ……小さな小箱

業 藍衣

第1話

『あ』


僕はそんな間抜けな声を出した後、身体中が熱くなるのを感じて、早くなる鼓動と共に、彼女の言葉通りに世界が変わるのを感じた………。



………時はさかのぼりその日の夕方、僕は近所の幼馴染み、美優と一緒に下校していた。


「ねえ、悟…これあげる」


風にそよいだ美優の長い髪が僕の頬を触る。彼女が唐突に手渡してきたのは、10cm四方程の白い紙の箱で、赤いリボンがついていた。

ん、プレゼント?……でも俺の誕生日はまだまだ先だぞ……僕は眉間にシワを寄せ、怪訝そうな表情をしていると、美優はちょっと不満そうに


「なぁに?嬉しくないの?」


頬を紅潮させ、少し怒っているのか?

口を尖らせて不満そうだ……

まぁ、大きさと重さからいってお菓子か何かだろう、美優は最近お菓子作りにはまっていて、何かと僕に試食させるからな…

そう思った僕は赤いリボンに手を掛け、手渡された開けようとすると、


「ちょっと待って……まだ開けないで…。」


美優は掌を付き出して箱を開けようとする僕を制する。

いつもなら帰り道に分け合いながら美優の作ったお菓子を食べて帰るものだから、いつものごとく開けようとしたのに止められた?

ははぁん…さては何かのトラップか?


「はぁ?何でだよ。また新作のお菓子だろ?………それともビックリ箱とか? 」


そうカマを掛けてみるが、美優は真剣そのものといった声色で僕に背中を向けて歩き出す。


「ん~どうだろうね…でもその箱は私が良いって言うまで開けないで、お願い悟」


そういって、美優は立ち止まって振り替えると、手を合わせてお願いのポーズをとる。


いやいや…プレゼント渡して開けるなって、おかしいだろ…。

でも僕は、そんな美優の必死そうな表情に悪戯心を刺激されて、


「そこまで言うなら仕方がない……開けちゃお! 」


そういってリボンをほどくその刹那、美優が大きな声で叫んだ


「待って!」


僕は突然の大声にビックリして動きを止めると、美優は素早く僕の側に駆け寄り、手元から箱を奪い取ると、リボンを結びなおす。

僕はさっきより近く来た美優にドキドキしたのか、大声で鼓動が早くなったのか、分けもわからず呆然と立ち尽くしていると彼女はリボンを結び直した箱を再び僕に差し出しながら、


「悟、この箱はね…開けたら世界が変わってしまうものなの…開けてしまったら、その瞬間から、もう過去へは戻れない、そんなものなの…だから……」


美優の必死なお願いに、僕はなんだかふざけたことが申し訳なくなってうつむき加減に謝罪をする。


「ごめん美優…ちょっとふざけただけなんだ。お前が良いって言うまで開けない。約束するよ」


そういって、美優から再び箱を受け取ると、僕は鞄の中にそっと箱をしまった。


それから家に帰って自分の部屋に戻ったのだけれど、開けるなと言われたら気になるのが人と言うもの……


僕は美優から貰った箱を机の引き出しにしまいこんだのだけれど、宿題をしていても気になって何度も引き出しを開いては箱に視線を送る始末だった……

宿題も終わり、晩御飯を食べても、僕の頭の中は箱の中身を想像することでいっぱいだった。


「あ~もう!美優のやつめ、こんな厄介なもの渡しやがって……風呂はいろ」


そういって風呂に入って部屋に戻るってベッドに横になり、箱を蛍光灯にかざしてみるが中が透けて見えるはずもなく、軽く溜め息をついたその時、僕は手を滑らせて箱を落としてしまう。


手元から滑り落ちた箱は床に転がり、結び直したリボンが甘かったのだろうか、中身が出てしまった。


「これは昔俺がアイツにあげた……」


箱から飛び出して床に転がっていたのは、ピンクの縁取りにハートのモチーフで、プラスチックの宝石がちりばめられた小さな小物入れだった。


「確か魔法少女…なんとかの宝石箱だったか?でもこんな昔のもの返して……そうか、アイツ好きなヤツでも出来たんだな、だから子供の頃とは言え、男からのプレゼントを返して……律儀なやつ……」


そう口にする僕の頬に熱いものが流れるのを感じる……

何でだよ、まだ俺告白もしてないのにフラれたのか?

お菓子をくれてたのも、好きなヤツへ送るための練習だったのか?

クソッ!何でだよ…美優……

視界がぼやけて、心が無茶苦茶に掻き乱される。

ええい、ここまで来たら中身を見てやる!

半ばやけくそ気味に箱を開けるが、中は何も入っておらず、ただの子供のオモチャ…それだけだった。


僕は宝石箱を床に頬り投げて、ベッドに寝転び、流れ出る涙をふきもせずに、宝石箱をあげた時の事を頭の中で思い返しながら天井を眺めていた。

美優の誕生日会に呼ばれた僕は、彼女の欲しがっていた宝石箱を自分のお小遣いを出して買ったんだよな…美優あの時は嬉しそうだったな、可愛かったな美優…


ん?そう言えばあの箱って二重底で……

僕はそう思い立って床に転がる宝石箱を手に取り、二重底をずらすと、中から一枚の紙切れがヒラヒラと落ちてきた。

ん、この紙は?


僕がその紙を広げてみるとそこには………


『あ』


僕は涙で顔をグシャグシャにして、そんな間抜けな声を出した

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『あ』 ……小さな小箱 業 藍衣 @karumaaoi

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