三叉路というバンドの無料ライブ
TK
三叉路というバンドの無料ライブ
「あった!この曲だ」
15年前の記憶を頼りにyoutubeで検索すると、色褪せないメロディーが僕の体を優しく包み込む。
エモーショナルで、けなげで、愛情で満ち溢れている歌詞は、鮮明な情景を脳内に映し出す。
なんで今になってこの曲を思い出したのか、ハッキリとした理由はわからない。
だけど、15年前にふと耳にした曲が、脳の片隅で生きながらえていたという事実が、なんだか愛おしく感じられた。
***
15年前、当時中学生だった僕は、友達とショッピングモールを訪れていた。
正直に言うと、訪れていた理由は全く思い出せない。
おそらく、大した理由も無くフラッと訪れただけだろう。
まあ、現実はそんなもんだ。大抵の行動に理由などない。
唯一具体的に覚えているのは、その日に取ったある2つの行動だけだ。
1つ目は、パンの耳を買ったこと。
基本的に中学生は、とにかく金がない。
そんな経済的弱者にとって、パンの耳はお宝だ。
数十切れのパンの耳が、たしか20円とか30円とか、それくらいの値段で買えた記憶がある。
それを2人で食べながら、ショッピングモールを散策するといった感じだった。
そして2つ目が、三叉路というバンドの無料ライブを観たことだ。
パンの耳を食べながら歩いていると、不意に友達が足を止めた。
「ねえ、これ観ていかない?」
友達はパン屋の壁に貼られているポスターを指差しながら、僕にそう提案してくる。
ポスターを見ると、10分後に始まる無料ライブの詳細が記載されていた。
「うん、いいよ。アーティスト名は"三叉路"か。知ってる?」
「いや、全然知らない!でも、タダだから観ていこう」
タダだから観るというのは、ちょっぴり腑に落ちない理由だったが、指摘するほどでもない。
「てか、三叉路ってどういう意味?」
十数年の人生を生きてきたが、それは初めて聞く単語であった。
ただ、なんとなく3人組であることは悟れた。
「わからん、ちょっと携帯で調べてみる」
友達は二つ折りの携帯を開くと、検索エンジンに三叉路と打ち込んでいく。
「"三つまたに分かれている道"だって」
「三つまたってなに?」
「なんか、Y字みたいに3つに分かれる道のことっぽいよ」
「なるほど、なんとなくイメージできた」
ただ、意味を知ると同時に、僕の中に1つの疑問が湧き起こる。
同じ道を歩むはずのバンドに、分かれ道を意味する名前をつけるってどんな意図があったんだろう?と。
ショッピングモールの2階に位置するステージに行くと、すでに三叉路はスタンバイしていた。
客は20人ほどしかいないが、まあこんなもんだろう。
僕らはポッカリ空いている最前列に、対した期待も携えないままに座る。
その瞬間、三叉路の無料ライブが幕を開けた。
1曲目のタイトルは『やまびこやまちゃん』だった。
そのタイトルを聞くやいなや、友達が吹き出してしまう。
たしかに、ひょうきんなタイトルではある。
ただ、最前列に座っていることを踏まえれば、それはあまりにも背筋が凍る行動に思われた。
幸い、三叉路の面々は何も言ってこない。
まあ彼らから見れば、僕らなどクソガキだ。
吹き出したことには気づいただろうが、相手にしなかっただけだろう。
2曲目のタイトルは『もっともっと』だった。
“唇噛みしめたとしても、決して俯いてはいけないんだ”という背中を押してくれる歌詞が印象的で、僕は聞き入ってしまう。
“初めはなんの期待もしていなかったが、ライブを観に来て良かった”と素直に思いながら。
「では、次が最後の曲です」という前置きと共に、タイトルがボーカルの口から発せられる。
その曲のタイトルは『コトコト』
3人は息をスゥと吸い込むと、アカペラで歌い始めた。
“甘い 甘い 甘い恋は ゆっくりコトコト時間をかけて
辛い 辛い事を乗り越えて 味わい深い二人になる”
『コトコト』は、カレーショップで出会った男女の物語を、この上なく美しく描写していた。
僕は今日に至るまで、数えきれないほどの曲を聴いてきただろう。
だけど、ここまで鮮明に絵が浮かんでくる曲は初めてだ。
こんなにも心にジンとくる曲は初めてだ。
僕は、確信した。
決して有名でなくても、感動的なパフォーマンスを披露できるアーティストは世の中にたくさんいるのだと。
ライブが終わると、三叉路は披露した曲が収録されているCDを販売し始めた。
僕はほぼ直感的に、CDを買おうとした。ただ、僕は金が無い中学生。
CD1枚を買う金すら、持ち合わせていない。
「じゃあ、帰ろうか」
友人の呟きを承諾した僕は、悔しさを携えながらその場をあとにした。
***
三叉路は2011年に、活動を休止したようだった。
皮肉にも、その名前のとおり、3人は別々の道を歩み始めたというわけだ。
今後、あの3人が集まって『コトコト』を披露する日は一生来ないだろう。
だけど、僕が聴きたいと思えば、いつでも聴くことはできる。
それだけで、十分かもと思えた。
「よし、そろそろ作業に戻るか」
一時の懐かしさに浸った僕は、日常に意識を返した。
三叉路というバンドの無料ライブ TK @tk20220924
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