ヤンデレ気味の金髪碧眼ハーフの美少年(6歳)に懐かれたオレだが、身長187.3cmのヤンデレ科ヤンデレ属に属する立派なヤンデレ美青年へと成長した彼に迫られ食べられたが早まったかもしれない件について。

宝楓カチカ🌹

第1話 出会い──①


「春にい、だっこ」


 可愛い顔で、可愛い声で。

 手を伸ばしてくる子どもを、春人はるとは睨み付けた。


「やだよ……ってぇッ」


 すかさず入れられた蹴りが見事に脛にはいり、春人は足を抱えて飛び跳ねた。


「っ、琉笑夢るえむ、おまえな!」


 語気を荒らげて小さな頭を掴み上げると、まるで羽根のようにふわふわで艶やかな金色の髪を持つ子どもは、とてもとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 しかしそれは歳相応のものではない。わかりやすい擬音語を使えば、にこっ、ではなくにたっ、だ。

 子どもながらなんとも不吉な笑みだと思う。愛らしい顔が台無しだ。


「やっと、こっちをみた」


 まるで天使が零した涙のような透き通った青い瞳と言動があまりにも合っていない。

 ただでさえ大きな目をぐっと見開いてこちらを見上げてくる子どもの様子はまさにホラーだった。なまじ愛らしい顔をしているために、さらにそれが際立っている。

 春人はこめかみを押さえたくなる衝動をなんとか抑えられるように努力した。


「琉笑夢、あのな……人は蹴るもんじゃないって前から言ってるだろ」

「おれだって本当はけりたくない。でも春にいがおれをみないから仕方なくけってるんだ」


 これがまだ6歳の子どもの台詞だと思うと頭が痛い。


 病み過ぎだと思うのは春人だけだろうか、自分を見てもらえないから仕方がなく蹴るだなんてとんだ思考回路だ。

 琉笑夢の他にこんな発言をしてくる6歳児なんて今まで出会ったことがない。


 SNSで流したら荒れそうだな、タイトルはなんだろう。


「諸事情により預かっている近所の子が『構ってくれないから』という理由で暴力を振るってきます」だろうか。

 ハッシュタグは#拡散希望 #六歳児 #育児 #教育 #親バカ部 #パパ友と繋がりたい等々かな。いや別にパパじゃないけど。っていうか他人だけど。


 もしも小説のタイトルにするなら昨今の流行りにのっとって、

「諸事情により近所の金髪碧眼の美少年(6歳)を預かることになった俺だが懐かれた結果、金髪碧眼の美少年(6歳)がかなり病んでいることが判明した件について」とかかな……いやダメだ絶対流行る気がしない。


 そもそも昨今の6歳児は相手を振り向かせるために仕方がなく他人を蹴り飛ばすのだろうか。いやないだろう、おかしいのはコイツだ。

 今ここでしっかりと叱ってやらないと、きっと将来はDV野郎かモラハラ野郎まっしぐらだ。社会に出てもうまくやっていけないに違いない。

 コイツのためだと春人は心を鬼にして、眩い金色の小さな頭に向かって声を張り上げた。


「おまえな、オレは怒ってるんだぞ、昨日の事ちゃんと謝れ!」

「嫌だ、なんであやまらなきゃいけないんだ」


 昨日もこっぴどく叱ったのだが、琉笑夢はしょげるどころか嬉しそうに笑うだけだった。

 やっとこっちをみた、と。先程と同じような台詞を口にしながら。


「春にいが、あの女に近づくのがわるい」

「あの女って……」

「それとも、あの女が春にいに近づいたの?」


 途端に機嫌が悪くなった子どもは、子どもらしからぬ形相で春人を睨み付けた。


「おまえなぁ……」


 深く深く吐いたため息。

 今の一瞬で脳内のハッシュタグに「育児ノイローゼ」が増えた。


 年上の女の人を6歳の男の子が「あの女」呼ばわりするだろうか、普通。

 しかも琉笑夢の言う「あの女」は、琉笑夢の好物がシュークリームであることを知ってわざわざ手土産として買って来てくれた相手なのに。

 昨晩、家に遊びに来ていた従姉妹の莉愛とソファに座って話している時に事件は起こった。

 面白い動画があるからと言われたので肩を並べて一緒に眺めていただけなのだが、後ろから勢いよく飛んできた硬い何かが肩にぶつかって驚いた。


 ごろりと転がったのは、小さなコップ。


 しかも最悪な事に中身が入ったままだったので春人は一瞬のうちにオレンジジュースまみれになってしまった。

 ぶつけられた肩の痛みやべたべたになってしまった体もさることながら、子ども用のプラスチックのコップであったからよかったものの、これがガラスや陶器などだったら一大事だった。

 それに肩ではなくもしも頭にでも当たっていたら。春人は石頭なのでまあ怪我も少ないは思うが、春人ではなく莉愛に当たっていたらと思うとぞっとする。


 莉愛は特段気にする様子もなく、目が覚めたらベッドの中に春人がいなかったので探しに来た瞬間に件の事件を起こした琉笑夢の頭を、「春のこと、とっちゃってごめんね」と謝りながら撫でていたのだが、琉笑夢を預かっている身としてはそうもいかない。


 何度叱りつけても琉笑夢に堪える様子がないのならば、徹底的に無視をしようと昨夜は琉笑夢を部屋から追い出し鍵をかけ、一緒に寝てやらなかった。

 もともと、今はいない春人の兄の部屋を琉笑夢用の部屋として与えてやっていたのだが、琉笑夢は春人が学校に行っている間も、帰って来てからもほとんどの時間を春人の部屋で過ごしていた。

 だが今回ばかりは、さすがに諦めて自分の部屋で寝るものだと思ったのだが。


 春にい、なんで閉めるんだよ、開けろよ、開けろ、開けろってば、開けてよ、開けて、一緒に寝たいよぅと扉を叩く音は長らく続いた。

 この世の終わりのような切ない顔で扉に手のひらを叩きつけているであろう琉笑夢を想像して正直ちょっと同情しかけたが、こればかりは絆されては駄目だと己を律し頑として開けなかった。


 結局、閉め出され春人の部屋の前で蹲っていたらしい琉笑夢は宛がわれていた自分の部屋に戻ることもなく、春人の母親の道子に連れられて一緒に寝たらしい。

 そして、朝早くに階段の下で春人を待っていた。

 そして一晩たっても怒りが冷めやらない春人が降りて来たのを確認するといつものように駆け寄ってきて、昨夜のことを謝ることも悪びれることもなく、抱っこしろ、構え、こっちを見ろの嵐だ。

 しかも琉笑夢の可愛がれ攻撃をこれまた頑として無視し続けていたら、今度は思い切り足を蹴り上げてくるときたものだ。


 相手は子どもなのだと何度自分に言い聞かせたって、こんなの平常心でいられるわけがない。


「……あのな、ルゥ」


 呼び慣れない名前を何度も口にしている内に、切羽詰まっている時などはついつい省略系で呼ぶようになってしまった。

 低く声を落とし、屈んでしっかりと目線を合わせる。

 14歳にしては平均身長に届かず体も細身の春人だが、琉笑夢は当時6歳だったころの春人と比べてもかなり華奢だ。

 ぐっと屈んで顔をのぞき込んでも、まだ春人の方が琉笑夢よりも高かった。


「自分の思い通りにならないからって人とか物に当たるのはダメだって、オレもう何っっっ回も言ってるよな」


「何っっっ回」の部分をかなり強調したつもりだったのだが。


「知らない。春にいも、小さいころはすぐにいじけたって言ってたもん」

「……誰が」

「道子さん」


 何余計なこと言ってんだ母さん! と叫んでやりたかったが、肝心の母親は今ここにいない。あら~そうなのねぇ~とか言いながらご近所のおばさま方と井戸端会議の真っ最中だ。

 どうせなら一緒に寝た時に琉笑夢が本気で反省するまで叱ってくれればいいものを、道子は琉笑夢には非常に甘かった。

 春人の頃は笑顔で鬼教育だったくせに琉笑夢には締め技もしないのか。酷いよ母さん。


「ぐっ……でもオレは誰かに物投げつけたりなんかしてねえからな!」


 8つも歳の離れた子どもに本気で怒鳴るところが大人げないと言われるゆえんなのだろう。

 けれども、莉愛にもそんなんだからなめられるんじゃない? と窘められても今日という今日はそんな事も言っていられない。

 もともと春人は根気強い人間ではない。凝り性だが飽き性だし、まだ子育てなんて経験したこともない(ただ今経験中だが)しがない中学3年生だ。

 懇切丁寧に悪いことはしちゃいけませんと教えてやるのもそろそろ限界だった。


「春にいだって、おれのことなぐるだろ」

「そ、れ、は! おまえが悪いことしても謝らないし、オレの言うこと聞かないからだろーが」


 春人も、琉笑夢の行動が目に余るときは頭を軽く引っ叩いたりしているが、それとこれとは話が別だ、と思う。


「思い通りにならないからって、おれをなぐるのかよ」


 ああいえばこういう。ついに春人はブチ切れた。


「オレのは躾だ、バカ野郎!!」


 ずびしと琉笑夢の頭を叩く。これでも力加減はかなり抑えたほうだ。

 本当にコイツは6歳時児なのだろうか、莉愛がいれば「正論言われてんじゃん春、虐待だよ虐待」なんて呆れられていたとは思うが、今ここにいるのは春人と琉笑夢の二人だけだ。

 しかし残念ながら、唾を飛ばす勢いで怒鳴った春人に琉笑夢は怯える様子もなく、静かな瞳で春人を見据えたままだ。

 琉笑夢のまっすぐな青い目からは罪悪感の欠片など微塵も感じられない。これには春人の方が少したじろいでしまった。


 悪い事をしているのは小さな子どもに怒鳴り、かつそれでも憤慨が治まり切らずチョップをかましてしまう自分のほうなのかもしれないと。


「──やっぱり、わるいのは春にいだ」

「なんて?」

「おれだって、躾けてる」

「……はあ?」

「おれは、春にいがおれをちゃんとみるように、春にいを躾けてるんだ」


 ―――脱力、とはこういうことを言うのだろうか。

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