亜人の里②

 里に入ると、やはりアーデルハイトを連れているからか先程まであった喧騒は消え、ピリッとした緊張感が肌を撫でる。

 里の住人達は通りから姿を消し、家の中からアレス達の様子を伺っている。やはりアーデルアハイトを、人間を警戒しているのだろう。

 アレス達の目的地は里の中央部にある巨木。そこへは里入り口からまっすぐ伸びる道を進むだけだ。


「あの……先程までいた亜人達はどこへ……?」

「貴様を警戒して皆家の中だ」


 歩きながら話を続ける二人。

 巨木まであと少しの距離まで来た時。二人の目の前に突然光が集まり、人の形を形成する。


「っ! これは精霊っ⁉」


 アーデルハイトは身構える。

 完全に人の姿となった精霊はアレスを見据え、突然猛スピードで抱き着いていた。


『アレスちゃんお帰りぃ~っ! もう、こんな時間までお外ほっつき歩いてどこ行ってたの!』

「母上、ただいま戻りました。何度も申し上げていますが、急に抱きついてくるのはやめてください」

『もうっ! 母上じゃなくてママって呼びなさいって言ってるでしょっ!』


 精霊と言えば、人間の前に現れる事などない、物語や架空上の生物と伝えられている。その物語中でも精霊は威厳があり、決して今のような振る舞いはしないと思われていた。

 そんな状況を目の前で見ているアーデルハイトは唖然としてしまっていた。


『でもね、アレスちゃん。どうしてここに生臭い下等生物を連れてきちゃったの? ママ、鼻が曲がっちゃいそうよ』

「申し訳ございません。こいつは分不相応にもジャイアントウルフと戦闘し、あろうことか森の一部である木々を燃やしました。既にフェル協力のもと鎮火は済ませましたが、それ以外にも植物の乱獲、魔物の討伐、それ以外に諸々。それらの処罰は俺では判断できかねるので母上のもとに連れてきた次第です」

『なるほどねぇ……』


 急に真面目に話始めたアレスと精霊に、アーデルハイトは緊張を高める。


(まさかこの男が言う母上とやらが精霊だとは思わなかった。……この精霊が、私の責任を決める。私は、生きて帰る事ができるのだろうか……)


 生かすも殺すも精霊次第。その事実にアーデルハイトは体を震わす。


「ひとまず、大樹に行きましょう。こんな道の真ん中では出来る話も出来ません」

『そうね、行きましょう。人間、ついてきなさい』


 大樹の中は大聖堂のような構造となっていた。

 入ってすぐには礼拝堂があり、そこにはステンドグラスから差す光が煌びやかに礼拝堂全体を照らしている。

 誰もいないこの大聖堂は、これまで見たことが無いくらい神秘的で、アーデルハイトは息を呑む。


「光が……ここは、本当にあの大樹の中なのか……?」


 アーデルハイトは大聖堂の美しさに声を漏らす。


「貴様の足で歩みながら大樹内に入ったのだから当たり前だろ。この光は大樹が発している光だ。有り余る生命力マナをこうして光として分け与えてくれている」

生命力マナ……?」

「なんだ貴様、生命力マナを知らんのか?」

『アレスちゃん、人間が知ってるわけないでしょう? 私達よりも学が無いのだもの。なぜ権能ギフトが生まれるのかすらも知らない生物なのよ』

「なぜ権能ギフトが生まれるかをご存知なのですかっ⁉」


 アーデルハイトは自分が置かれている状況も忘れ、目を輝かせながら精霊に聞いてしまう。


 ――権能ギフト。それは胎生の生物であれば誰もが持ち得ている、生まれ持った能力。『魔法使い』であれば勉学に対する探求心に身を焦がせ、そして魔法が得意となる。『戦士』であれば身体能力が向上し、武器の扱いが得意となる。

 戦闘系以外にも『商人』や『農家』といった非戦闘系の権能ギフトも存在したりと、多種多様に存在する。

 そんな権能ギフトに興味を示したアーデルハイトは『戦士』と『剣士』二つの権能ギフトを持ち、騎士になるべくして産まれた。

 この権能ギフトを二つ持って産まれた子というのは人間史上初であり、アーデルハイト本人も不思議に思っていたのだ。

 謎が深い権能ギフトについて知っている者がいるとなれば、聞きたくなってしまうのもしょうがない事であった。


『教えると思ってか? そんな事よりも本題に移る』

「あっ……失礼、しました……」


 当然精霊は教えるはずがなく。アーデルハイトの戯言を受け入れはしなかった。

 大聖堂が静寂に包まれる。

 先程まで燦々と降り注がれていた大樹の光もどこか緊張感を持っている様にみえる。


『我はこの魔植ましょくの森を治める高位精霊、ラズリア=レオノール=エスターライヒである。そして、この男が我が息子であるアレス=エスターライヒだ』


 アーデルハイトは膝を地につけ、最敬礼を行う。

 対してアレスは立ったままで特に何もしない。アーデルハイトに対し会釈すら無しだ。最敬礼をする文化が無いように伺える。


『さて、人間。先程アレスから聞き及んだ内容は誠か?』

「王都守護騎士第三小隊隊長アーデルハイト=フォン=フォレスティエと申します。はい、先程ご子息様が仰った事は事実です。我々第三小隊は魔植の森調査の為に森へ侵入し、ジャイアントウルフとの戦闘で森の一部を燃やしてしまいました。いかな処分も受ける次第です」


 アーデルハイトは頭を下げた状態で、覚悟を決めて言う。


『嘆き悲しんだ木々の代償が貴様一人の命で済むと思っているとでも言うのか? 生温いな。貴様の国を落としても足りないくらいだ』

「母上、こいつら人間は調査と言う名目で森に入りました。これは我々に対する宣戦布告とも捉えられるのではないでしょうか」

「なっ! そんな事はありませんっ! 先住の民がいる事を国に伝え、この森には危害を加えないよう進言します!」


 顔を上げ、咄嗟に声を荒げてしまうアーデルハイト。

 彼女に宣戦布告の意思は無い。それはアレスもラズリアも分かっているだろう。そもそも亜人族が住む里があった事自体知らなかったはずだ。


『たかが小隊長で何を進言できるというのだ』

「っ! ……私は……私は! 現国王ハビエル=フォン=フォレスティエの次女です! 国に進言する権利はいくらでもあります!」

『ほぅ……』


 現国王の次女と聞き、ラズリアは面白そうにアーデルハイトを見つめる。


『アレスちゃん、流石は我が息子です。良い仕事をしましたね。後でいいこいいこしてあげます』

「……母上、どういう事でしょうか」

『人間の名前など覚える必要が無いと思っていましたが、唯一覚えていた名前を今思い出しました。アーデルハイトとやら』

「は、はい」


 ラズリアは静かに笑みを浮かべながら言葉を続ける。


『カルロスという名前に覚えは?』

「カルロス……カルロス=フォン=フォレスティエであれば我が家系の始祖です』

『……ふふふ、やはりそうであったか。そうかそうか』


 クスクスと笑いながらラズリアは納得いったような表情をする。


「なぜ、始祖の名をご存じなのですか……?」

『なに、気まぐれに助けた事があってな。もう数百年以上も昔の事であったから今の今まで忘れていた』

「助けた、ですか……?」

「母上の過去の話ですか。俺も興味がありますね」


 そこからラズリアは昔話を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る