亜人の里①
アレスとアーデルハイトは特に言葉を交わすことも無く歩き続ける事数時間。既に太陽は地平線へと顔を隠そうとしている時間になり、ようやく目的地にたどり着こうとしていた。
進む木々の向こうに光が見えだし、アーデルハイトの緊張は高まる。
「こ、これは……っ!」
森を抜け、アーデルハイトは目の前に広がる光景を見て絶句していた。
二人の目の前に広がるのは何棟も連なる木を主材料とした家々。そして目立つ中央には幹の直径が五十メートル程ありそうな巨木。通りには多種多様な亜人族で賑わい、まだアレス達から距離はあるというのにその喧騒は聞こえていた。
――亜人族。人間に似た容姿を持つが、人ならざる者。主にはエルフや猫人、犬人、兎人等を指す言葉だ。
そんな亜人族が集まり、集落を作っているこの事態にアーデルハイトは驚愕していた。
「これは……街、ですか……」
「一応俺達は里と呼んでいる。そもそも街やら都市やらの差を知らんからな」
「……ですが、亜人ですよ。何をしでかすか――」
アーデルハイト達人間にとって、亜人族は負の象徴として認識されている。過去に王都や貿易都市といった主要都市で奴隷として扱われていた亜人族が徒党を組み、反旗を翻した事がある。
人間と比べ恵まれた体格を持ち、身体能力の高い亜人族は人間を蹂躙した。そんな中で人間は奴隷である亜人族では使用することのできない魔法を使う事で立て直し、亜人族を絶滅寸前まで陥らせた経験があった。
百年以上昔の話ではあったものの、人間はこの内容を昔話として子供達に語り継ぐ事で亜人族の心象を悪くしていた。
「貴様ら人間のその凝り固まった固定概念は反吐が出るな。俺達から言わせてもらうと貴様ら人間のほうが何をしでかすか分からん」
「……ずっと思っていたのですが、あなたも人間、ですよね……?」
アレスはアーデルハイトの発言を気に入らなかった。自分を人間だと言われた事が心底気に入らない。殺気と魔力を抑えることができず、辺り一面に放出してしまう。
全力ではないにしろ抑えていない殺気と魔力を浴びたアーデルハイトは腰を抜かして、倒れこんでしまう。しかしながら、アレスから視線を離すことができない。いや、一度視線を逸らしてしまえばその瞬間に殺されてしまうと思わざるを得なかった。
「貴様、今は母上に会わせる必要があるから殺しはしないが、もう一度俺を人間と言ったら容赦はしないぞ」
「は、はい……」
アレスは漏れ出していた殺気と魔力を抑えた。これ以上放ち続けると、里の亜人達にも影響が出てしまう恐れがある。
現にアレス達から一番距離が近かった里入口の衛兵達はアレスの魔力に当てられ、何人か倒れてしまっていた。
「チッ、貴様のせいで衛兵が数人倒れてしまったではないか」
「い、いやそれはあなたが悪いのでは……」
「あ?」
「い、いえっ⁉ 何でもありませんっ!」
『今のはアレスが悪いんじゃないの? あの魔力は普通の人間相手だと下手すれば死んじゃうよ?』
今までバッグの中で休んでいたフェルがアレスに対しツッコミを入れる。
「む、そうなのか。やはり人間は脆いな」
『この人間だから耐えれただけだからね。次人間に会った時は気をつけなきゃダメだよー』
その後も人間の事を知らなすぎるとフェルに軽い説教をされ、それを紳士に受け止めるアレス。
少しするとアーデルハイトも動けるようになったのか立ち上がり、「もう大丈夫です」とアレスに伝える。
「では行くぞ、女騎士。里では皆人間を嫌っているから安全は保障しないぞ」
「や、やはりそうですよね……我々が亜人を嫌うように、亜人も人間を嫌っているのですね」
「当然だ。過去に人間がした事は許されることでは無いからな」
アーデルハイトもその実人間は亜人族に対して酷い事をしていたと思っている。いや、
現在の人間領に奴隷制が残っている国は少ないが、騎士として勤める中で奴隷制の残る国に赴く機会もあった。そこでの奴隷の扱いは同じ人間であるアーデルハイトにとっても目を覆いたくなるようなものだった。みすぼらしい服を着させられ、労働力として寝る暇もない程に働かされ使い捨てられる。人間としての尊厳を踏みにじられながら過ごしていく。
そんな奴隷達を哀れに思いながらも同情することは出来なかった。それは、自分が騎士であるから。騎士であれば、奴隷の無い国を作る事が出来るはずだから。同情する暇があるのならば、研鑽を積み功を立てるべきだとアーデルハイトは考えていた。
しかしながらこれは奴隷制に対しての想いだ。亜人族自体に対してはどうしても嫌悪感を隠せない。
これは両親から、そして祖父母からも子供の頃から伝えられていた亜人族が人間に反旗を翻した話を聞いて育ったからだろう。その話の中に必ず間違えてはいけない部分として『人間は亜人族を絶滅寸前まで陥らせた。しかしながら取り逃がした亜人族はどこかで生き延びているはずだ』、というものがあった。それが今、目の前にいる。
目の前に話に聞く亜人種が居ると改めて思ってしまったアーデルハイトは身体を強張らせてしまう。
「……チッ」
アーデルハイトを一瞥し、アレスは舌打ちをする。
(やはりあそこで殺しておくべきだったか? ……いや、森を燃やした責任は果たさせるべきだな。やはり母上の意見を聞くべきだ)
どうにも人間の扱いが分からないアレスは、自身でもよく分からない感情になっていた。
アレスにとって人間は取るに足らない存在だ。殺そうと思えば直ぐにでも可能だろう。だがそれはあくまでも少数の場合。もしここでアーデルハイトを殺して、それが人間側に伝わってしまえば里に対して全軍を率いて攻めて来るやもしれない。
(やはりこの女騎士の仲間も連れてくるべきだったかもしれんな)
アレスは自身の考えの浅さに落胆する。
いくら里に戻るとは言え、複数の人間と行動をする事に嫌気が差してしまった。故に責任者であるアーデルハイトのみを連れて来た。
(母上に叱責される覚悟を持って行くべきか)
アレスは少し覚悟を決めて歩き出す。
「行くぞ、女騎士。足を止めるな」
「はぃ……」
アレス達は里に向けて歩みを進めた。
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