第15話 (ちょいエチ)女教師「いけない人ですね」

 美墨みすみ文乃ふみの先生は同僚の先輩女性教師だ。

 担当教科は国語。

 俺より一期上のため年齢は二十八歳。

 結婚はしていない。


 すずりたたえた墨のようなロングヘア、平安美人を彷彿とさせる白い肌、澄んだ瞳はまさにガラス工芸品。

 源氏物語から出てきたような雅な容貌はまさに大和撫子。

 反面、出るとこ出て締まるところ締まった抜群のスタイルの持ち主で、特にブラウスがはちきらんばかりのバストは容姿に優れた愛宕生をもってしても醸せぬ大人の色気の塊で、オスの本能からつい視線が吸い寄せられる。


 本人には言えないが、このおっぱいに妄想を何度かしたことがあった。


 *


「能登先生……ここ、パンパンに張って反り返ってますね……。奥さんに処理してもらってますか?」


「それが、実は先日離婚しまして……」


「あら、まぁ。それでこんなに溜まって……苦しいでしょう? でも生徒でいかがわしい妄想をしてはいけませんよ? 代わりに私が挟んでスッキリさせてあげますからね」


「あぁ、美墨先生! 根元まですっぽり挟まって……」


「先生のもおっきくて立派ですけど、私の方が大きいですね」


「そんなに勢いよく動かされると俺――あうぅ!?」


「うふふ……すっごいドロドロ。これは本格的に指導が必要ですね。土日は私と二人きりの部活動で汗を流しましょうね?」


 *


 ……………………閑話休題。


 さて、そんな美墨先生に、俺は今お説教を受けていた。

 場所は廊下のへり、壁に据え付けられた長テーブルの片隅。愛宕女学院にはこうしたオープンスペースが随所に設けられており、学年やクラスの垣根を超えた交流に利用されている。


 オープンスペースのメリットは密室の圧迫感がなく、緊張せず話し合いができることだ。

 しかし壁がないということは必然、行き交う生徒の目にも晒されることにもなる。昼休みの真っ最中なため廊下を行き交う生徒が多く、彼女らから怪訝そうに視線を向けられている。


「なるほど、五十嵐さんが準備室に入ってきてその際ドアを閉められた、と」


「そうなんです……」


 向かい合う美墨先生は穏やかならざる瞳で見据えられる。元来タレ目で柔らかい顔をしているので迫力に欠けるが、それでも眉尻の上がった視線で射抜かれると背筋が伸びる。


「事情は分かりました。今回は不可抗力なところがあったようですね。ですが、それなら入ってきた時点ですぐに制止するべきですよ? 生徒と部屋で二人きりになるのは規定で禁止されてるんですから」


「面目ありません」


 美墨先生のお叱りには反論の余地がない。

 我が校では生徒を密室に入れることは原則禁止している。密室の圧迫感が与える心理的負担を考慮してのことだ。

 俺ははからずしも、生徒のための規定に反してしまったことになる。


「反省します」


「本当に注意してくださいね? 能登先生は男性ですから、生徒ととの密室は命取りです。仮にでっち上げられでもしたら、先生が無実を証明するのは難しいですよ?」


「でっち上げだなんて……。五十嵐はそんなこと……」


 美墨先生はさらりと恐ろしいことを言う。

 確かに、目上の立場にある男というのは男女トラブルで圧倒的不利である。仮に無実だとしても、だ。

 だがあの五十嵐が俺を貶めるために嘘をつくだろうか?

 多少冗談言う子ではあるが、人を傷つける嘘をつくことはしないはず。


 そんな、五十嵐を信頼しきった俺を美墨先生はピシャリと戒めた。


「生徒を信頼するのは良いことです。ですが、過度な信頼をすると正しく指導できません。私達はあくまで教師と生徒。能登先生が生徒から好かれてるのは知ってますが、引くべき一線は引くようにしてください。何かあってからだと遅いんです。奥様を悲しませるようなことにもなりかねませんからね」


 美墨先生はいつも正しい。彼女は俺が新人の頃からアドバイスしてくれる。

 正直、口やかましくて苦手と思っていたが、思い返すと全てが的確で間違っていたことはない。


 たった一年差だが、美墨先生は俺よりずっと先を行っている。

 そう思うのは、先生が確固とした『矜持』を持ち合わせているからにほかならないだろう。

 そんな美墨先生を、俺は心底尊敬している。


 そんな先輩だから言えない。


 成り行きとはいえ教え子を家に引き摺り込み、

 セクシーな写真を誤受信し、

 下着姿のあらぬ妄想をし、

 着替え中の下着姿を拝み、

 学校の密室で二人きりになった挙句、

 事故で胸を触ってしまっただなんて。


 尊敬する先輩に、絶対に言えない……。

 ごめんなさい、美墨先生。俺はとんでもないダメ教師です……。


 取り繕って了承するが、罪悪感から覇気が出ない。そんな俺を心配してか、先生はこんなことを尋ねてきた。


「能登先生、最近お疲れのようですが何かありましたか?」


「へ? な、何かですか?」


 昨夜からありすぎてますが、口が裂けても相談はできない。


「べ、別に何も……。どうしてそう思うのでしょう?」


「私の勘違いかもしれませんが、なんだかくたびれてるような……」


 むむむ、と先生は鋭く目を細め、箒で履くように視線を這わせた。

 そして不意に右手でスーツの襟を摘み、小鳥が餌を啄むように引っ張った。


「身だしなみ……ちょっと崩れてる気がします。スーツもシャツもシワがありますし」

「あぁ、そうでしたか。いつもは妻がやってくれたのですが……」

?」


 しまった! 緊張してつい本当のことを。


 以前は奥さんがアイロンがけしてくれていたのが独り身になってから疎かになっている。

 美墨先生にもバツイチは内緒なのだが、身だしなみで見抜かれるとは。


「能登先生、もしかして……」


 透明度の高い瞳が汚れた俺の瞳を射抜く。追い詰められ、心臓のBPMが急上昇。


「奥様と喧嘩してます?」


「え?」


「奥様と喧嘩して、家事をストライキされちゃったのでは?」


「えっと……実はその通りでして!」


 セーフ! 良い感じに誤解してくれた!


「事情は分かりませんが、能登先生から謝った方が良いと思います。『夫婦喧嘩は旦那が折れろ』と昔から言いますので。それに、生徒達は先生に『幸せな新婚さん』のイメージを持っているので、それを崩さないという意味でも早めに仲直りして下さいね。女子は意外と目ざといので」


「はい……」


『夫婦喧嘩は旦那が折れろ』か……。いいことを聞いた。

 全裸サンタに寝取られてもう手遅れなんですけどね♡


「時に美墨先生、一つ相談をよろしいですか?」


「はい、なんでしょう?」


「先生は特定の生徒から過度な接触や深い交流を望まれた経験はありますか?」


 ふと、先生に相談したのはもちろん五十嵐とのことだ。

 突然家に来たり、再訪を望んだりなど昨晩から接触の濃度が濃い。そんな彼女との向き合い方の一助になればと淡い期待を抱いていた。


「深い、というとプライベートな交流でしょうか?」


 きょとんと首を傾げる先生に首肯する。抽象的な質問から意図を汲むあたり、さすがは国語の先生だ。


「昔一度ありましたね。すごく懐いてくれていた生徒から」


「その時はどうされました?」


「やんわりお断りしました。慕われてましたが、そこはやはり教師と生徒なので」


「そうですよね」


 そう、教師と生徒はあくまで学校の中での指導関係。必要以上に踏み込んだ交流など持つべきではない。


 日曜日、五十嵐がうちに来ると言っているが、やはりこんなことは間違っている。


「それにしても、なぜそんな質問を?」


「えっと……今朝、そんなネットニュースを見たもので……」


「そうでしたか。最近そういうニュースが多いですから、他人事と思わず気をつけないといけませんね」


 美墨先生の言うことは至極真っ当だ。

 それに比べて俺と来たら、生徒の胸触っちゃうわ、口止めの見返りにプライベートで会うわ……。

 美墨先生に比べてゴミ教師である。


「幸い、愛宕女学院ではそういう教師が出たことがありません。先輩の先生方が築いてきた愛宕教師のイメージを私達が守っていきましょうね」


 今日一番の眩しい笑顔。

 後光さえ差し込む眩しさに、俺は自らの不徳を懺悔してしまいたい衝動に駆られるのであった。


 ほんと、ゴミ教師ですみません……。


 だが俺はまだ地に堕ちてない。

 ゴミはゴミでもリサイクル可能なゴミだ。


 五十嵐とSNSで繋がってしまったが、プライベートで会う約束をしてしまったが、あくまで先生と生徒らしい付き合いを心がけよう。


 それが俺とあの子のためなはずだ。

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