第2章 教え子は小悪魔ちゃん?

第11話 女子校生「私のパンツ見て」

 五十嵐にバツイチなことを知られてしまった。

 それだけでなく、口止めの代わりに連絡先を教えるハメになった。


 一晩経って俺はようやくことの重大さを評価できるようになった。


 バツイチを広められたくないがため、禁止されている連絡先交換をしてしまう。

 弱みを握られたため取引に応じたわけだが、そのために新しい弱点を作っては本末転倒だ。


 そもそも五十嵐相手なら連絡先交換なんかしなくても誠心誠意お願いすれば黙ってくれたのではないか。

 俺の知っている五十嵐凪音という少女は人の嫌がることをするような性格ではない。

 冷静に考えれば適切に対処できたはず。しかし取引に乗ってしまった。


 なぜか? それはあの瞬間、五十嵐を信じられなかったためだ。対価を渡さなければ五十嵐は秘密を暴露する、とあの子を疑った。


「俺は教師失格だ……」


 ヒゲを剃った顎を撫でながら鏡の中の自分を罵る。


 とはいえやってしまったことは仕方がない。

 連絡先を教えてしまったが、使い方を間違わなければセーフだ。


 要は悪いことをしなければいいのだ。こちらから猥褻な画像を送ったり、逆に向こうに送るようそそのかしたりしなければ犯罪にはならない。

 内容が健全なら生徒とのコミュニケーションのつもりだったとの言い訳も立つ。


「相手は生徒だ。妙な気を起こすなよ、俺」


 妻と別れて三ヶ月余り経つ。

 年度末の激務と新学期の準備に忙殺され悲しむ余裕もなかったが、嵐が過ぎ去ってようやく一息入れられるようになった。


 だが、それは良いことばかりではない。


 胸にぽっかり空いた穴。

 急激に砂漠化した心。


 気づかないふりをしていたが、春の半ばになり急に寂しさに襲われるようになった。


 俺は今、胸の穴を埋めてくれる存在を、心の潤いを求めている。


 その潤いを五十嵐に――可愛い教え子達に求めてはならない。

 自分の生活のためでもあるが、第一に教え子の未来のためだ。

 男の慰みものにしては教え子達の未来に暗い影が差す。


 教師として、それだけはしてはならない……。

 それが教職の矜持きょうじである。


 *


 リビングに戻るとテーブルに置いてあるスマホの画面が点灯した。

 LINEのメッセージを受信している。

 発信者が誰なのかろくに確かめもせず、通知をタップするとまっさらなトークルームが開いた。

 そのトークルームに一行のメッセージが。


『(五十嵐)今日、制服こんな感じで行こうかな?』


 続けて写真がスポンと送られてくる。


「ぶーーー!?」


 コーヒー吹いた。

 それは制服姿の五十嵐の画像。姿見越しの自撮りだ。

 問題なのはその制服がかなり際どく着崩されていることだ。

 スカート丈は股下に迫るくらい短く、ブラウスは第二ボタンまで外され、はだけたみたいになっていた。鎖骨と胸の谷間の線がしどけなく露出され、まるで攻めたグラビアかイメージビデオのモデルみたいだ。


 突然のことに俺は絶句してしまうが、そこに容赦なく第二波が押し寄せてくる。


『(五十嵐)下着はこんな感じ。可愛いでしょ?』


 メッセージに続いて送られてきたのはスカートをたくし上げる五十嵐の自撮りだった。


「な――な――!?」


 黒に近い真紅の下着。アクセントで走るボタニカル模様の刺繍がエレガントさの中に優しさを演出するパンツ。

 男の劣情を掻き立てるのには十分過ぎるその下着は高校生が履くにはいささか派手ではなかろうか。しかし清楚な女の子が履いているというのはそれはそれでギャップが……。


 ……いやいや、そんな下着の品評をしている場合じゃない。


 五十嵐め、なんてハレンチでけしからん画像を送るのだ!

 ネットやSNSに自撮り画像をアップロードするのは危険だと学校でも周知しただろ!?

 一対一のコミュニケーションツールだから流出しないと安心しているのか?

 だとしても男に……先生にこんな画像を送るなんて許せません!


「五十嵐め……オシオキが欲しいらしいな……はぁはぁ……」


 顔の熱と荒い鼻息を鎮めるのももどかしく、俺は急いでメッセージを入力した。だがそれよりも先に次のメッセージが。


『(五十嵐)ブラも可愛いよ? 見たい?』


「……」


 見たいかって……何を?

 いや、それは分かりきってる。

 五十嵐のブラジャー姿。

 五十嵐の、胸だ。


 身体が――取り分け下腹部の一箇所がカァっと熱を帯びていく。朝一番で起き上がって、二度寝していたがムクムクと……。


 あの五十嵐のあられもない姿を。

 お子様だと思っていた五十嵐の、大人に近づいたカラダを。


 見せてくれるというのか……俺に。


 俺は送られてきた写真から目が離せなくなっていた。


 ――白くてしなやかな太もも。

 ――小ぶりながらも張りのあるヒップ。

 ――カーブしたウエスト。

 ――ブラウスを押し上げる二つの膨らみ。

 ――襟元から覗く滑らかな鎖骨。


 呼吸が荒くなり、乱れに乱れて視界がぐらついた。


 俺が頼めばあの子はしどけない姿をあらわにしてくれる。絶対に許されないことだが、あの子なら……。


 邪でご都合主義的な予想が頭の中いっぱいに広がっていた。

 その先にあるのは五十嵐の官能的な肢体を享受した快楽か、あるいは……


『(能登)制服はきちんと着こなしなさい。それからこういう画像を先生に送るんじゃありません』


 結局、悪魔との戦いは天使が制した。

 勝因は教職を追われる恐怖と生徒を思う矜持。

 俺のことを信頼してこんなイタズラをしたのだろうが、少々度が過ぎる。ダメなものはダメだと言ってやらないと。


 俺の送ったお説教メッセージに既読がついた。それから二分、三分と時間が過ぎるが返信が来ない。


 どうしたんだろう?

 ちょっとしたイタズラのつもりだったのに本気で怒られたと勘違いしてへこんでるのか?


 だとすればちょっとかわいそうなことをした。

 うーん、ここはノって『うひょひょ! 凪音たんのおパンツとブラジャーだ!(はすはす)』みたいなメッセージを送ればよかっただろうか?


 ああでもない、こうでもないと思案しているとスポンと効果音がなってメッセージを受信した。


『(五十嵐)ごめんなさい。ひまわりに送るつもりが間違えちゃった』


 あぶねぇ!!

 イタズラじゃなくてナチュラルミスだった!


 誘惑に負けてたら即事案だった。


 というかあの子達、こんなやりとりしてるのか?

 いや、そもそも女友達相手でもこれはダメだろ!?


 生徒のSNS利用も考えものだ。

 教師らしいことを考えつつ、邪な興奮を鎮めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る