第6話 女子校教師「イケメンに生まれたかった……」

 五十嵐に揶揄われたその後は特筆すべきこともなく時間が過ぎていった。

 仕事に忙殺されて五十嵐どころじゃなかったというのもあるが、さして気に留めることでもないだめだ。

 五十嵐が愛嬌出して接してくるのは昔からのことだ。


 帰りのホームルーム、連絡事項を伝えたる俺を見てきたことも含め、今更その意味を深掘りするまでもない。


 あの子を含め、愛宕生の中には俺や男性教師をフレンドリーに扱ってもいいと思っている生徒がいる。


 タメ口、ボディタッチは序の口。彼女の有無、デートの詮索、夜の営みについての尋問などのセクハラも割とある。


 五十嵐はその筆頭みたいな子だ。さすがに露骨なセクハラはないが、以前は彼女無しイジリを浴びせられたし、結婚してからは奥さんネタに切り替わった。


 しかし俺へのフランクさは愛宕女学院の文化みたいなもので、特別な気持ちを抱いているなどとは思わない。


 俺の体型は中肉中背。

 顔も普通。元奥さんは「イケメンだよ〜♡」と褒めてくれたが、それはあくまでバカップル会話。

 あんな美少女がアラサーの自分に恋心を抱くなんてありえない。

 勘違いしてはおめでたいというもの。


 そんなこんなで迎えた放課後。


 部活に属する生徒は活動に勤しみ、帰宅部の子は早々に帰宅するか友達と残ってお喋りに興じている。


 さて、俺もそろそろ部活の指導に行くか。


 職員室を出て、音楽室に向かう。昼間と打って変わって閑散とした廊下は裏寂しく、グラウンドから運動部の元気な掛け声が入ってはこだました。

 途中、廊下のベンチにくっついて座る生徒達に遭遇した。


桜庭さくらばくん、マジイケメン!」


「早くドラマ観たい!」


「会ってみたいなー!」


 一冊の雑誌が裂けて破れそうになるくらい目一杯広げて、黄色い声を上げて大はしゃぎしている。


 桜庭というのは人気沸騰中のアイドルだ。歌は下手だし演技も大根。しかし超がつくイケメンなので女性から大人気である。


「男は仕事ができれば人生どうとでもなる」と昔の偉人が言ったとか言わなかったとか。


 それは当たっている。大人の男は兎にも角にも稼ぎだ。稼げない男は世間から半人前扱い。だが稼げればイケメンじゃなくても美人の奥さんをもらえる。なので男はとにかく仕事を頑張ればいい。


 しかしやはりイケメンは人生有利だ。男女問わず、顔が良いと第一印象が良いので人から評価されやすい。あと女の子からキャーキャー言われると自信がつくだろう。結果、イケメンは稼げる。

 俺もイケメンに生まれてみたかった。


 ……五十嵐もやっぱりあんなイケメンが好きなのかな。


 五十嵐のことは小学生と大差ない頃から知っている。

 その頃は、制服のサイズが合わなくて野暮ったいお子様だった。

 それがいつの間にか大人っぽくなってしまった。

 教科担任を四年、クラス担任を一年。俺の知人としてはかなり古い付き合いに部類されるが、実際は教師という目線以外であの子のことはよく知らない。

 どんな男が好みかも知らない。

 そして知る必要もない。

 だが……なぜか、知る必要のないことを憂う自分がいた。


 窓に映る俺は疲れの溜まったアラサーの顔をしている。夕方だからヒゲが少し伸びているのは仕方がないものの、全体的に覇気がない。電池の切れかかった懐中電灯のようだ。


 こんなんじゃダメだ。生徒にバカにされる。まだ部活の指導が残っているんだからシャキッとしないと。


 窓の中の自分をギュッと睨みつけ、俺は先を急ぐことにする。

 だがその時、ガラスの向こうの景色が目に入った。

 学校の敷地の外、校門から少し離れた位置に人が対峙していた。


 一人はうちの生徒。もう一人はパンツルックで、ブレザーもうちの制服ではない。


 一体何をしているのだろう……。


 胸騒ぎを覚えた俺のつま先は勝手に階段を駆け降りていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る