第3話 女子校教師「サンタクロース◯ね!」

「俺だけを愛するって言ってくれたのに、あれは嘘だったのかよー!?」


 俺は虚しい心の内を叫び、テーブルに勢いよく突っ伏した。空になったジョッキがガチャガチャ音を立てて押しけられていく。


「どうどう、落ち着けよ」


 対面に座る学生時代からの親友――栗林が俺を暴れ馬扱いしてきた。


 五十嵐を駅に送り届けた時刻からおよそ二時間。居酒屋にてビールを何杯飲んだかあやふやな俺は盛大に荒れていた。


「終業式の放課後、残業もせず昼間のうちに仕事を切り上げて、ケーキとプレゼントを持って家に帰ったのに。イヴの夜くらいイチャイチャしたかったのに。それなのに、寝室に男連れ込むなんて!」


「その話、もう三回目」


「しかもなんで男の方サンタコスなんだよ!? 全裸のくせに髭と帽子着けたままってどういうプレイだよ!」


「その話、なんべん聞いても笑える」


「笑うな!」


 栗林は終始同情してくれるがこのくだりになると笑う。一回目などは腹抱えて椅子から転げ落ちたほどだ。


 ことのあらましはおよそ四ヶ月前――昨年十二月に遡る。

 栗林に言った通り、最愛だった妻が男を家に連れ込み、ベッドでをしていた。つまり不倫だ。


 それが原因で俺の甘い新婚生活は急転直下、離婚劇に転じた。


 元妻は関係修復を望んだが俺は違った。最愛の女性が全裸サンタに抱かれる姿と、耳朶を打つ艶かしい喘ぎ声のせいで俺の愛は一瞬で冷めてしまったのだ。


「彼女いない歴二十四年。一生独り身が怖くて結婚相談所に駆け込んで、あれよあれよとご結婚。初恋であんな美人な奥さんもらったまでは良いが、サンタクロースに寝取られるとはな」


「みなまで言うな!」


「すまんすまん。それよりも俺が心配なのは仕事に支障を来さないかだよ」


「それはまぁ、大丈夫だろ。離婚したのは教頭先生と校長先生にしか報告してないし」


 バツイチなのがバレれば色々厄介だ。

 同僚の女教師にすればバツイチの男の扱いは苦労するだろう。また、俺の不貞やDVが原因と誤解されると心象が悪くなるし、かといって真実を打ち明けるのも恥ずかしい。


 だが何よりも憂慮すべきは生徒に知られることだ。口さがない女子校生にとって教師の離婚劇は格好のゴシップだ。

 広まれば教師の沽券に触る。授業運営、学級経営に影響は必至だ。


 離婚を上役にだけ報告したのにはそんな深謀遠慮からだ。


「それだけじゃない。あっちの方はどうなんだ?」


「あっち?」


「お前、だったろ?」


 栗林は心配を口にする。気持ちは嬉しいが半笑いなのが鼻につくなぁ。


「今のところ平気だ。離婚して日が経ったけど、まだボロは出てない。もう昔の俺じゃないんだよ」


「だと良いけど。お前って元々女に免疫ないだろ? 元奥さんと付き合って、結婚してからそれなりになったけど」


 さすがは栗林、よく分かってらっしゃる。


 恥ずかしながら俺こと能登のと数彦かずひこは女性が苦手だった。

 男三兄弟の次男、高校は男子校、大学は男所帯の理学部。男ばかりの環境で育ったため女性との接し方が分からず、ろくに挨拶もできない始末だった。もちろん学生時代に彼女なんかいたことない。


 色々あって女子校に就職したものの、そんな調子だから生徒と上手にコミュニケーションが取れずに舐められ、女教師からは先行きを案じられた。


 転機は結婚相談所で知り合った元奥さんと付き合ったことだ。

 恋愛経験は元奥さんただ一人。しかし経験人数など関係ない。

 男女の交わりを教え、愛を受け入れてくれた元奥さんは俺にかけがえのないものを教えてくれた。

 おかげで俺は女性とまともにコミュニケーションが取れるようになり、前向きになれたのだった。


「でも離婚して童貞に戻っちゃっただろ?」


「戻ってたまるか!」


「じゃあ寂しいバツイチアラサーだな」


「当たってるけどヤメロ」


 現在二十七歳。早生まれなので来年三月で二十八歳になる。二十代半ばで結婚できて幸せだっただけに、落差が裏寂しい。


「前向きに行こうぜ。バツイチは逆にモテるっていうし、次の出会いに期待しよう! ていうか職場に出会いはないのかよ? 年の近い独身女教師なんてわんさかいるだろ」


「いるっちゃいるが、粉かけるには離婚したことをカミングアウトしなきゃだろ? 脈無しだった時のダメージがデカすぎる。最悪職場不倫してると思われかねないし」


「ふーん、じゃあ?」


「……………………は?」


 何を言っているんだ、こいつは?


「生徒ってお前……JC・JKだぞ?」


「だから?」


「教え子! 未成年! 子供!」


 こいつに道徳はないのか?


 そんな年端のいかない少女と恋愛する大人がいるはずない。


「子供って言っても数年経てば結婚可能年齢になるわけじゃん? お前みたいなサレ夫は、何ものにも染まってない純真無垢な少女を自分色に染めて伴侶にするのが良いと思うわけよ。今のうちから粉かけて、卒業してから付き合うのも一つの手じゃない?」


「アホ! 後輩伝って学校に知れ渡るわ!」


 結局は元の木阿弥。俺がバツイチなのは知れ渡る。しかも教え子に手を出したという激辛トッピング付きで。


「だいたい、生徒なんてお子様すぎて恋愛対象になんかならないっつーの」


 もし「JKと恋愛したいなぁ」とか思ってる奴は名乗り出るように!

 能登先生がしっかりお説教してやるぞ!


「えー、そんなもん? なんか恋しちゃうきっかけとかないの? パンツ見えちゃったり、着替え見ちゃったり、ボディタッチされちゃったり」


「パンツ見ちゃったことあるし、着替え見ちゃったことあるし、ボディタッチもされたけど恋愛感情にはならないぞ」


「………………………………は?」


「いや、だから女子校に勤めてれば、偶然スカートの中とか着替えが見えちゃったりするし、距離感近い子にボディタッチされたりする。でも決して恋愛感情は抱かない」


 栗林はポカンと呆けたまま穴が開くほど見つめてきた。

 やがて握り拳をプルプルと震わせ、絶叫した。


「羨ましすぎる!!!! 本来なら金払ってできる経験だぞ! 俺なんか一時間一万円払ってJKコスの女の子と手繋ぎデートしてるのに!」


「それリフレだろ。俺のは本物のJC、JKな」


「なおさら羨ましいわ! 俺が大金積んでもできない経験を、お前は給料もらいながらしてるなんて! このすけこまし、ロリコン、童貞!」


「すけこましでもロリコンでも童貞でもないわ!」


 JKリフレヘビーユーザーのお前にロリコンと言われたくない。


「というか、そんな思いしてドキドキしたり、恋したりしないのか? 俺なら我慢できんぞ」


「俺も男だからさすがにドキリとさせられることはあるけど、だからって恋愛感情抱いたりはしない」


「えー、ボディタッチされて『こいつ、俺のこと好きなんじゃね?』って思ったりは?」


女子校生あいつらのボディタッチなんて、揶揄って反応楽しんでるだけだよ。だから笑って適当に流してる。勘違いするほど俺もピュアじゃないよ」


「この前まで童貞だったくせに」


「二年前の話だろ!」


 と、栗林には高潔な教師らしく語っているが、その域に達したのは結婚したからだ。


 正直に言うと、独身の頃は理性を保つので必死だった。


 右を見ても左を見ても、十代のフレッシュな女の子が闊歩かっぽしていて、ニコニコ好意的に挨拶をしてくれる。

 若い女の子と話せるなんて役得に見えるだろうが、言い換えると自分のを刺激される日々でもある。


 俺も所詮は人間の男。あらぬ考えを抱きそうになることもある。

 しかし自分が教鞭を取り続けるため、何より教え子達の未来のため、俺は『教職の矜持』を常に胸にし、自らを律しているのだ。


「ま、奥さんに逃げられて、寂しくなったせいで間違いを犯さないように気をつけろよ」


「わ、分かってるってば……」


「お前のひたむきさが次の恋に繋がるよう、俺は応援してるからな」


「栗林……」


 ちくしょう、泣かせてくれるじゃないか!


「よし、それじゃあ景気付けに風俗で遊ぶか! 俺の行きつけの『セイントヌルヌル女学院』を奢ってやる!」


「行くか、そんな店! 俺を汚れた道に誘惑するな!」


 汚れた道というかヌルヌルの道なのだが。


 その後、俺は栗林に引きずられて、ソープランドの店先まで行く羽目になった。


 ボーイさんの好意でJKコスの女の子達を見学させてもらったが、なぜか愛宕女学院の制服を着ている女の子がいて、頭がおかしくなりそうだったのですぐに逃げたのだった。

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