第2話 「殿下、最後の『臣下』の言葉として聞いてくださいますか?」(令嬢視点)
二度目だろうか。
彼が私に感情を向けてくれるのは。
「君は······」
彼は何かを言いかけたものの、結局何も言わないまま。彼はいつもそうだった。冷静で、合理的で、感情なんて無駄なもの、どこかに落としてしまったかのように。その立ち居振る舞いはある意味、国を治める王にふさわしいのかもしれない。
けれど、私は、
「殿下、最後の『臣下』の言葉として聞いてくださいますか?」
「·····?」
目を逸らしていた彼が、こちらを見上げる。両手両足は罪人の証として鎖で繋がれている。立つことすらままならない。だから、『臣下』と嘯く女を仰ぎ見るしかできない。
「殿下は、あの方が罠に嵌めたと推論を立てました」
「······ああ」
「私です」
「······は?」
「貴方が治める国の王妃になりたくなかった」
合理的であるがゆえに、突発的な行動や言動にとても弱い。
「その為だけに、貴方を罠に嵌めたのです」
それこそが王にふさわしいと謳われた彼の弱点だった。
「······君が?」
「ええ」
「何故」
「『貴方が治める国の王妃になりたくなかった』」
それだけだと言ったところで、彼は信じられない様子だった。
「あれが仕組んだことではないのか?」
「むしろ、あの方には止められました」
「何?」
「リスクが大きすぎると」
目の前にいる人は先の王妃の嫡子、第一王位継承者。国王や重臣達を除けば、もっとも権力を持っている相手。失脚を望み、企みが明るみに出れば、関わった者全員、ただではすまされない。
策に長けているからこそ、慎重派な第二王子の言葉はどこまでも正論だった。
「ですが、」
そんな言葉で止まれるならば、初めから第二王子に計画を持ちかけることなどするものか。そもそも、この計画は口にするだけで反逆罪に適用される。第二王子が安易に口にするとは思えないが。
反逆罪はーーそれは話を聞かされた相手も含まれる。相手の意思に関わらず。私が指摘した瞬間、第二王子は吐き捨てた。
『悪法だな』
「『説得』を重ね、私との婚姻を条件に協力してくださると約束してくださいました」
現在、王には二人の王子しかおらず、数多いる側室達から子が生まれる可能性はありえない。王の兄弟姉妹は既に亡くなっている。また、私の父は家門から王妃を選出しようとしている。父の子は私と兄の二人だけ。王妃教育を受けた私の婚約者が第一王子から第二王子に変わったところで、気にする人ではない。
『王妃』になればいいだけなのだから。
「男爵令嬢の件は、かわいそうなことをしました」
男爵令嬢とは文通のやり取りを交わしていた。
ただ、使用人達はおろか、男爵家当主さえも知らされていなかった。文通に書かれている手紙もまた燃やすよう指示していた。
理由は身分が異なる自分が親しくしていれば、令嬢達の間で孤立する恐れがある為と。社交界では既に平民上がりとして馴染めず、一人だった男爵令嬢はーーおそらく亡き母親に深く愛された証だろうーー素直に私の言葉を聞き入れてくれた。
燃やすことで、何か知られたくないことがあるのではないか。男爵令嬢に対し、使用人達に印象付けるのが目的だった。万が一、男爵令嬢が私との関係を漏らしたとしても、手紙さえなければ証拠は何も残らない。
「毒を呷ったのは?」
「自作自演です。助かるかどうかは神に委ねましたが」
茶会で出されたあの毒は正真正銘の本物だ。同時にあの毒は解毒薬が確立していないものだった。第二王子は解毒薬があるものも用意させていたが、あえてそちらは選ばなかった。
『第一王子』は『婚約者』を毒殺しようとしているのだ。ならば、解毒薬があるものなど選ばない。
「幸い後遺症もなく、こうして殿下の前に立っているのですが」
後は手筈通りに事を進めていく。間者に手紙をすり替えさせ、男爵令嬢を軽んじている侍女にあえて渡す。そうすれば、こちらが何もしなくとも、あちらが勝手に動き出す。
「あの方の役割はあくまで傷心の私に求婚すること。ですから、あの方に罪があるとはとても、」
「······何故だ?」
彼が感情を向けてきた。
「何故、私を裏切った?」
「どうでもいいと仰っていたではありませんか」
「私が君に何をした?」
彼は何一つ思い当たることがないらしい。
「君のことだ。王位簒奪など考えていないだろう?」
「······ええ」
我が家門に権力を握らせる為、傀儡の王を玉座に据える。権力争いにおける謀略など、私にとって関心の外側にあった。ましてや、第二王子は傀儡の王にとても不向きな相手だった。権力を求めるならば、もっと別の駒を探していただろう。
「仰る通り、私は権力にさほど興味がありません」
「ならば、何故だ」
「何度も言っているではありませんか」
「『貴方が治める国の王妃になりたくなかった』」
彼に二度言った言葉を、今度は彼自身が口にした。
「君から見た私は愚かな王になりそうだったのか?」
見当違いな言葉だった。
「いいえ、貴方は歴史に名を残す王になっていたでしょう」
第二王子と比べるべくもない。第一王子だった彼の方が遥かに王の資質を兼ね備えていた。仮に彼が愚王になったとしても、私は彼と運命を共にしていたことだろう。重要なのは、そんなことではなかった。
「ならば、何故だ?」
本当に思い当たらないのだろうか。ーー思い当たらない筈だ。気付いていれば、彼は今頃、牢獄の中にはいなかった。
「······殿下、覚えていらっしゃいますか?」
「何をだ?」
「『殿下、私のささやかな願いを聞き届けてくださいませ』」
彼の表情に罅が入った。
――ああ、覚えているのか。
「ああ、覚えている」
いっそ忘れていてくれたらよかったのに。
「では、殿下のお答えは今でも?」
「······ああ」
彼は私から視線を逸らした。都合が悪くなった時の、彼の癖だった。
「『私は君の名を呼ぼうと思ったことがない』」
杯を満たす毒酒が少しだけ零れた。
「······貴方は私の名を一度として呼んだことがない」
私は微笑んだ。王妃教育で培ったものを浮かべているかどうか、自信がなかったけれど。
「ですから私は、」
それでも私は微笑んだ。
「『貴方が治める国の王妃になりたくなかった』」
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