第8話 アイドル乙姫セリカ

アイドル乙姫セリカの事情はこうだった。


「私の人気に陰りがあるんです。私17歳だし、もうアイドルとして全盛は過ぎていて」


「そう僕に言わましても。僕になにか出来るとは思えないんですけど・・・」


「話題が欲しいの。あなた、今日本で一番有名だから。一緒にLIVE出演して欲しいの。うちのグループ道玄坂48のLIVEで」


・・・なにか生々しいアイドルの本音を聞いてしまった気がする。


ただ、僕がライブに出てもどうしょうもないと思うけど。僕は単なるごっつぁんだし。


「起爆剤になればいいと思うんです。一時的にでも前みたいに私がグループの中心を独占したいの」


「いえ、だからって僕がLIVEに出たところで」


「お願いします。後は私がなんとかするから。なんとかLIVE出演オッケーしてください」


「ええと・・・」


「プロデューサーの了承は私が取ってあります。出演料で200万くらいは用意されると思うんです」


・・・お金に負けた。僕はLIVE出演を了承した。


母さんは働いてるけど、うちの家計は僕の教育費とかでけっこう厳しいし。母さんに楽をさせてあげたい。




美容院に行く。府中で一番有名な美容院。痛い自腹だけど。


LIVE出演するのに髪をきれいにしておかなきゃって思ったんだ。


「・・・ごっつぁん伊藤だ」


美容師さんにもごっつぁんって言われた・・・はぁ・・・。


ただ、きれいに髪はカットした。出演料も180万でLIVE出演も決まった。


3分だけど、道玄坂48の乙姫セリカの激励をする感じになるらしい。


何言われるかわかんないけど、なんとかLIVE出演がんばりたいと思う。


髪を切って学校に行くと、女の子に告白された。


わかってる。僕の魅力じゃ全然ない。


きっと今日告白した女の子も僕のことが忘れ去られれば、すぐに好きだと言った事実を忘れると思う。


ごっつぁんの身の上は厳しい。




週末千代田区にある武道館にやって来た。ここで、乙姫セリカが所属する道玄坂48がライブをやる。


19時からの開演で、ライブ終了の21時に僕は乙姫セリカに花束を渡す予定。


プロデューサーは上機嫌だった。僕は一応、今話題ナンバーワンらしい。


たまにテレビのコメンテーターが、僕の名前は伏せて僕の話題を口にすることがある。


一時的な話題で、ちょっとした話題の振りくらいだけど。


「そういえば、まるで戦えない非戦闘員の図書館栄養士の人がすごいモンスター倒したらしいですよ」


・・・このくらいで僕は語られる。


およそ10秒くらいの話題だ。ただ、いまいち自分が語られている実感はわかない。




LIVE出演。


いよいよ、乙姫セリカの激励で全国報道に僕は出る。


リハーサルで本番前の打ち合わせは済ませてる。何を僕が言うのかも決まっているし、簡単なことを言うだけ。


そして、本番。


ライブを終えた道玄坂48の前に、僕がステージ上に花束を持って現れる。


「今日はサプライズゲストです! ガルキマサラを倒した伊藤隆起さんが応援に駆けつけてきてくれましたーーーー!!! なんと、伊藤さんは乙姫ちゃんのファンだそうでーーーす!!」


わあ!! と、ライブが盛り上がる中、僕はステージへ。


ダンスで汗に濡れながらも、キラリと光る妖精のような乙姫セリカが目の前にいる。


ひときわ目立つ白金色の髪と、青いきれいな目は人気が衰えてるなんて絶対思えない


他の美形ばかりのアイドルたちを見守る中、僕は用意された花束を緊張しながら渡す


「わあ。ありがとうございます」


「いえいえ。僕は昔から乙姫セリカさんのファンで」


「ほんとですかっ!! 感激です!!! 私も伊藤くんのことが大好きですっ」


あれ?


なにか、リハーサルのときのコメントと違ってる。


乙姫セリカは僕のことを好きとかリハーサルでは言わなかったはず。


ん? どういうことだろ?


僕が少し疑問に思って嫌な予感を覚えて冷や汗を掻いていると、突然だ!!!


乙姫セリカが僕に近づいて来て、もう一度言った。


「私・・・あなたのことが好きです・・・!!!」


そして、乙姫セリカは、いきなり僕にLIVE中にキスしたんだ。生放送のテレビ中継がある前で。



その日、僕は神になり、炎上した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る