おはよう


「おーっすジジイ。もどったぞー!」


「何じゃこんな夜遅くに」


「ここに置いてきたユウキのことでちょっとな」


「あぁ、あの小僧のことか」


 俺は日比谷公園から、ダンジョンの仮拠点にトンボ帰りしていた。

 ユウキを目覚めさせるなら、一刻も早くしたほうが良い。

 そう思ったからだ。


 俺は仮拠点の壁を外そうとして、ジジイの前を通り過ぎる。

 そしたらジジイは珍しく俺を呼び止めた。


「……そうじゃ。アレはうまく働いたか?」


「あぁ。ソウルスキナーのことなら、それはもうバッチリ」


 俺が役目を終えた小手を外そうとすると、ジジイはそれを制止した。


「そうか。ならそれは取っておけ」


「え、今のって『返せ』って意味の京言葉じゃないの?」


「そこまでいじくり回したものを返されても困るわ」


「なんだろう。ジジイが優しいと逆に怖い」


「ワシはいつも優しいぞ。今もお主が息をしとるからな」


「優しさの基準が殺伐としてない?」


『すみませんリッチさん。戦いのために色々持ち出してしまって』


「気にするでない。道具は使うためにあるからのう」


『この埋め合わせはいつか……』


「よいよい。むしろ倉庫が空いて助かったわい」


「なぜだ。俺と対応が全然違う」


「前も言ったが、むしろなぜ同じになると思った?」


「えーっと、付き合いの長さとかで?」


「ゼロにいくら補正をかけてもプラスにはならんわ!」


「ならもっと居座るぞ!」


「こいつ……」


 まぁジジイはいつもの感じだから放っておこう。

 仮拠点の壁を外して、俺は中に入る。


 ユウキの様子はここを出ていった時と変わらない。

 残していった食料も手がついていない。

 目覚めた様子はないな。


「やはり目覚めてなかったか」


『思った以上に重い昏睡こんすいのようですね……』


 うーん……少し気がかりだな。

 手をつける前にアルマに聞いてみるか。


「アルマ、ユウキの状態はどうだ?」


<<どうやら彼は、本来の人格を奥に押し込まれていますね>>


「押し込まれている?」


<<何者かが彼の中に入り込み、彼の意識が奥に追いやられたままなのです>>


「なるほど。それでわかった」


『ファウストはスキルを入れた武器をユウキくんに与えました。きっとそのときにスキマを作ったのでしょうね』


「そういうことだな。アルマ、なんとかできそうか?」


<<もちろんです!! カイネさんの時と同じようにしてください!>>


「よし……」


 俺はカイネにやった時の用に、彼の手を取る。

 すると、あのときのように金色の光が現れるが流れが少し違う。


 最初にユウキのところからオレに来て、そして彼の元に帰っていくのだ。


「ユウキはジョブを持っていない。だからまず本人から読み取ってるのか」


<<そのとおりです。>>


「……う」


『ユウキくんの意識が戻り始めましたよ!』


<<もう少しです……ですが彼自体が帰ろうとしている。これは――>>


「どうした、ユウキに何が起きてるんだ?」


<<これは……彼自身が望んでいる? 彼は自分で奥に行こうとしています>>


「ユウキ自身が?」


<<これは……これは知っています! ――恐れです>>


「――恐れ。そうか……ユウキは怖がっているのか」


 そりゃそうだよな。

 彼のこれまでの人生を考えてみればわかる。


 ユウキは前に一歩踏み出して、それを何度も裏切られている。

 

 彼はお台場の門前町で、自分の腕の肉を切り落とした。

 でもそれで都市に入れても、得たのはモルモットの立場だけ。


 都合良く使われ、それで勇者の人形にされた。

 彼の意志は強い。だけどそれは利用される一方だった。


 もういいよ。そうなる気持ちもわかる。

 だけど――お前は知らないだけだ。


 まだお前を待っている人はいる!


「帰ってこい、ユウキ! 友だちも待ってるぞ。もう良いんだ。もう都市はない。神様に頭を下げてもらうジョブが無くったって、生きていける場所があるんだ!」


『ツルハシさん……』


「もうお前を利用しようなんてやつはいない。もう終わったんだ!」


 金色の光が輝きを増す。

 ……いや、光りすぎぃ!?

 俺の手元は太陽が生まれたようになっている。

 目がくらむってレベルじゃないぞ!


 俺の手元で光が炸裂した。

 するとヘルメットの保護装置が自動的に動いて、俺の視界が遮断された。


「クッ……!」


 今度は真っ暗だ。

 何もわからない暗闇の中で、俺の手を何かが触る。


「ツルハシさん……?」


 か細いが、聞き慣れた声が俺の耳に届く。


「おはよう。ユウキ」


 今は深夜だけどな。

 まぁ、そんな事は関係ない。


 おはようは、おはようだ!!


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