ファウストの思惑

◆◆◆


 

 カブキ座を後にしたファウストと三人の探索者たち。

 彼ら四人の姿は今、銀座の高級ホテルのサロンにあった。


 テーブルを挟んで向こうに座ったファウストを取り囲むように、三人の探索者は一つのソファで窮屈そうに肩を寄せ合っていた。


 彼らは自分たちの主の発言を待っているのだ。


 6つの目が見つめている中、ファウストの造り物の歯列がそっと開かれた。


「いやはや、普通に断られてしまいましたね」


「あのツルハシ男ってやつ、ちょっと自信過剰すぎませんかい?」

「ありゃー長生きできないのだわさ」


 粗暴な口調の大男と、ナヨっとした小男が、ファウストの言葉尻に乗り掛かり、ツルハシ男を軽蔑するような言葉を続けた。


 この居心地の悪い会話に、ユウキは自分の言葉を継ぎ足すのをためらい、付呪の施《ほどこ》された短刀を、手遊びするようにくるっと回していた。


「ツルハシ男さん……ファウスト先生の提案を断るなんて」


「計画のはじめの一歩だったのですが……まぁこういう事もありますよ」


「まーったく信じられないわよね!」

「んだ! どんだけ自分が偉いと思ってるんだべ」


「当初の計画では、ツルハシ男さんを私たちのパーティに取り込むつもりだったのですが……。しかし、彼は参加も協力も断ってしまいました。」


「ファウスト先生、では……ツルハシ男さん抜きで、やるんですか?」


「はい。そうなりますね?」


「ですよねぇ~!! あんな男、いらんわさ!」

「いいえ。第十層より下へ行くには、彼の力が必要不可欠です。」

「あららっ」


「先生、どうするんです?」


「はは、何も問題はありませんよ。」


「パーティを組むことは断られましたが……ダンジョン内で出会った私たちがパーティの体をなしているなら、彼も協力を拒むことはないでしょう」


「彼らも深層を目指している事に変わりはないのです。でしたら同じパーティ単位で協力をすればいいだけです」


「パーティ単位の協力、ですか?」


「はい。パーティ同士の同盟アライアンスで攻略すればいのです。」


「彼らが初回でどこまでの攻略を目指しているかは不明ですが……せめて、第七層までは連れて行ってあげたいですね」


「第七層は多くの探索者の限界点。『区切り』となる場所ですから。」


「第七層……僕たちが『授業』で潜った階層の、倍以上ですね」


「そそそそ、それってだいじょうぶなのよさ?!」

「ビビってんのかカーマ。 ファウストの旦那を信じんかい!」

「そーよね! アタシも大丈夫って思ってた!」



「何も怖がる必要はありません、と言いたいところですが、あなた方が装備している『それ』は、第五層までのモノですから――」


「それで第七層に挑戦するのは、少々無理がありますね。」


「ヒョェ!!?」

「ダ、ダメなんですかい!?」

「先生?!」


「ですので、あなた方には『新しい力』をお預けしましょう。」


「新しい、力……?」


 ファウストは両手を高く上げると、異国の言葉を口ずさみ、表示枠を表示した。


 彼の求めに応じて現れたのは、ここではない何処かとつながる「窓」。

 仄暗いサロンで煌々と輝くそれから、彼は3本の武器を取り出した。


 三人の弟子は、それをじっと食い入るように見つめている。


 彼らの師匠は、まるで生まれたばかりの赤子を扱うかのように、そっと目の前のローテーブルに武器を並べた。


 並べられたのは、影のように黒い波紋を持つ剣だ。


 ユウキはこの武器から、何やら異様な存在感を感じたのだろう。


 武器が置かれると、息を呑み、それを見つめる眼球を支えるまぶたの下、頬がわずかに震えている。


 自分達がこれまで使っていた武器とは、根本的な部分が何か違う。そんな事を感じ取ったのか、ユウキは自分の手に持った得物と、テーブルの上のそれを、何度も見比べていた。

 

「……手にとっても、良いんですか?」


「えぇ、どうぞ。」


 武器を手にした3人は、戸惑いの色を見せる。

 明らかにこれまでのものとは格が違う。それを悟ったようだった。


「あなた達にもわかりますか」


「これは……一体なんですか? 手で握っただけで、これで何をしたら良いか手に染み込んできます」


「こりゃーエグいて! なんだべ?!」

「ウヒョーなんかこれ、スッゴイわよ!!」


「喜んでいただいているのに水を指すようですが……それ、私のお古なんですよ。ハハ、申し訳ありません」


「お古だべか~? 道理でちょっと古くさ――」

「ブンザ! ホントバッカねアンタは!! その意味わかってんの?」


「んぉー? どういうことだべ?」

「ファウスト先生が使ってるって意味を考えなさいよ、アホチン!」


「――ッ!! 先生が?! ではこの武器は……!?」


「はい。お察しのとおりです。」


「貴方たちがこれまでに攻略したのは三層まで、第七層ともなると、倍以上の深さに挑戦することになりますが、何も心配はいりません。」


「その手に握られているのは、この黄泉渡りが直々に、第十層まで渡った際に使用した得物。つまり……第十層で通用するスキルが込められた武器です」



「――さぁ征きましょう。果ての果てまで。」

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