ニセツルハシ男の後始末


「よ、オッチャン、戻ったぜ」


「アンタ無事だったのか!! ツルハシ男はどうなったんだ?」


「案外良いやつだったよ。俺たちとの『お話し合い』で心を入れ替えたみたいだ。ダンジョンをもっと住みよい感じにしてくれるらしい」


「ほ、本当か、じゃぁ……!」


「あぁ、商売を続けても、大丈夫だろう。そのうち浜離宮が元に戻ったって話が広がって、消えた探索者たちも戻ってくるさ」


「……なんとお礼を言ったら良いか」


「礼の代わりに一杯くれ。もう喉がカラカラなんだ」


「あ、あぁ……もちろんだ!」


 オッチャンが注いでくれたレモネードは死ぬほど甘かった。

 ま、これはこれで良しとしよう。

 

 ミラービーストとその黒幕らしき邪神を倒した。

 そんなことオッチャンに言っても「ハァ?」だろうしな。


 謎の騎士一行によってツルハシ男は正気に戻った。

 コレくらいのストーリーでええやろ。



 俺たちは浜離宮ダンジョンを出ると、そのままの足で、ボートをつないでいた桟橋に向かった。ボートを囲んでいる壁を取り壊し、お台場に戻る師匠とバーバラを見送るためだ。


「お二人とも、ありがとうございました」


『ま、楽しかったよ―』

「なかなか得難い経験だったね」


『シスター・バーバラ、一旦帰還して、総長への報告をお願いしますね』

『了解です、シスター・ラレース』


 お互いにピシッと敬礼する姿を見ると、やっぱり彼女たちは組織の人なんだな―って感じがする。


 どうにも自由人と言うか、規則? なにそれおいしいの?

 という俺には、よくわからない文化だ。


『師匠、彼女のお台場までの護衛、よろしくお願いします』

「あいよ。 それであんたらは、このまま浜離宮に戻るのかい?」


「そうですね。ミラービーストが好き放題に改築してくれたのを、手直ししないといけませんし……」


『その間のツルハシさんの護衛も必要なので、私も残ります』


「そんなに急ぐことなのかい?」


『掲示板、スレの方に、浜離宮を改築されて困っているという書き込みがありまして……ツルハシさんにこれを伝えましたら、今すぐにやるべきだと』


「えぇ。浜離宮ダンジョンは、銀座の探索者……いや、初心者たちの命綱ですからね。第一層に入れなくなって、困ってる連中がいるみたいなんです」


『ツルハシってゲスい癖に、わりとそういうの気にするよね』

『バーバラ、ツルハシさんはそういう方ですよ』


『そういう方、へぇ……師匠、そういう方ですって』

「おぉ……これはおもっていたよりも、進んでたみたいだねぇ」


『な、何ですか?』

『なんでも~?』

『へ、変な想像してませんか!!』

『べっつに~? いやでもセンパイもそーかぁ……』

「あのラレースがねぇ……うん、喜ばしいよ、相手以外は」


『二人とも、男と女は磁石じゃないんです! そんな簡単にくっつきません!!』


「『きゃ~!』」


「すっごい居づらいんですけど、とりあえずボートの壁を壊しますからね!!」


◆◆◆


<タタタタタタタタタ……>


 鳴り響くエンジン音を次第に遠のかせ、バーバラと師匠を載せたボートは波間の向こうへと消えていった。


 ふぅ、平和だ……。


「行っちゃいましたねー」


『しばしの別れですね。報告が終わったら、また合流するかも知れません。』


「ラレースさんは、俺と一緒に残っちゃって良いんですか? 作戦はミラービーストの排除だけだったのに」


『邪神・ニャルラトホテプが直々にツルハシさんの排除を宣言しましたからね。お一人にしておくわけにはいきません』


「えっと、もしかしてなんですけど……」

『はい? 何でしょう』


「いつかの時、ラレースさんが聖墳墓教会が国際展示場に拠点を構えているのは、別の目的があるためだと言ってましたけど……目的って、それですか?」


『そうですね。あれはその一部です』


「なかなか根深そうな問題を追ってるんですね」


『そうですね。これはとても根深い問題です。』

『ツルハシさんは……こんな事を疑問に思ったことはありませんか?』


「疑問? どんな疑問です」


『神がいるなら、その反対――「悪魔」が居るはずだ、と』


「……そういえばそうですね。神がいるなら、いてもおかしくなさそうです」


『最初の兆候は、アメリカ東海岸、ニューヨークのダンジョンで確認されました』

『これまで確認されていなかった未知のスキルを持つ探索者が現れ、ダンジョンで他の探索者たちを殺傷したんです』


「それで、どうなったんです?」


『何もわかりませんでした。現地の自治組織に逮捕された探索者は、職員を殺害して逃亡。そして今も行方知れずのままです』


「何もわからないなら、どうして悪魔なんぞの仕業だと?」


『独房の壁に、歌が書き殴られていたそうです。内容は――』




 ego sum sine fine esuriit

(我は飢える、果てもなく。)


 ergo nomen tuum, Deus, ignorantiae simile est

(故に神よ、汝の名は無知に似る。)




「いまいちピンときませんけど、神をバカにしてそうな雰囲気はわかります」

『はい』


「それで、ラレースさんたちはその悪魔……言っちゃえば、人に妙ちくりんなスキルを渡して、ダンジョンをハチャメチャに――」


 ここまで言って、俺はハッとなった。

 ラレースも「アッ」て感じでこっちを見ている。


『…………そういえば』


「……あの、俺は違いますよ?!! 確かに大国主オオクニヌシの尻をしばいたりはしてますけど!!!」


『いえ、あの!! そういうつもりでは!!』


「大国主を選んだのはその、痛いのが嫌なんであんまり戦いに関係なさそうな神様を選んだ結果、こうなってるんで、はい!」


『はい、それは疑ってませんから!!』

「ほっ」


『ともかく、これからもしばらく行動を共にするわけですから、少しは目的を明らかにしてもいいかなと、そう思っただけです』


「は、はぁ」


「とりあえず、いったん浜離宮に戻りますか。ダンジョンの後片付けと……あと、ゴタゴタで完全に忘れてたんですが、ジジイや仮拠点のことも気になるので」


『あ、そうでした! ……リッチさん、無事だと良いんですが』


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