心臓に悪い
「ケガ……大丈夫ですか? よかったらコレを――」
カッパの薬瓶を差し出すために騎士さんに駆け寄った俺は、息を呑んだ。
近寄ってみると、俺が思ったより騎士さんはひどい
鎧それ自体は無傷だ。だけどそれ以外で無事なところはない。
手首、
あいつら、こんな好き放題にブスブスと……。
この人もこの人で、よくこんだけ刺されて生きてるな。
『無用だ、自分で何とか出来る』
「いや、この薬、無料みたいなもんなんで」
『それは……配信で拾っていたレアアイテムか』
「そうです。使ってみませんか?」
無料ですから使ってみませんか? ってなんか怪しいセールスマンみたいだな。
俺の推しに負けたのか、騎士さんは息を吐く。
そして、手に持っていた盾を地面に「ズン」とぶっ刺し、戦鎚を下ろした。
うんうん、俺に恩を売らせてくれ。
そうじゃないとこっちは、仕返しが怖くてたまらないんだ!!
『血止めを頼む』
そう言って足元から鎧を脱ぎだす。
男の裸はあまり見たくないが、背に腹はなんとやらだ。
ブーツを脱いで、ぼろぼろになった吊りズボンを外す。
やや、ムダ毛一つ無い。
それにえらい肌が綺麗な人だな。たまにいるよねこういう人。
膝の周りの刺し傷に俺はカッパの薬を塗る。
すると、肌にちょっとの赤色を残して傷はすっと消えていった。
なにこれすごい。
『それ、すごいな』
「こんな威力あるんですね……薬屋が失業しそう」
足と手の傷に薬をヌリヌリするのは終わった。
次は首の後ろや背中の肩周りをやろう。
「ラレースさん、でしたっけ? 次は首の所をやっちゃいましょう」
『む、そうだな……』
背中を向けた騎士さんは、クッソ重そうな兜を脱いだ。
ミスリルの下から、薄い、赤に近い金色の長髪があらわになる。
サラッとした流れる髪の毛からはフローラルな香り。
なんかシャンプーのコマーシャルみたい。
ていうかアレ、騎士さん外人さんだったんだ。
ラレースって自称じゃなくて本名? 日本語お上手ですねー
そして肩の留め具と、右脇腹のベルトを外して、胴の鎧を下ろす。
意外と細身だな。
しかしそれでも、鍛えているのは後ろからでもわかる。
胸の筋肉はしっかりと丸く豊かで――
ん、胸の筋肉がしっかりと丸く?
んんんんん? 筋肉が丸いって、おかしくなぁい?
「では頼む」
兜を脱いだ騎士さんから聞こえたのは、女性の声だ。
発した声は「では頼む」と、きわめて短いものだった。
だが、その短さゆえに、その声は俺の鼓膜と脳髄に強烈な打撃を与える。
ちょっとハスキーで落ち着いていて、優しげでかつ張りのある声。
その音色は
放課後の女教師を思わせるしっとりさと、女医さんのようなソフィスティケイトな知性を感じ、故郷の
クソ好み。
落ち着け俺。
目の前の女性は――他人です。はいここ重要。ベリーインポータント。
別に俺に好意を持っているわけじゃない。
浮かれるな。落ち着け。ステイステイ。
俺の目の前にはラレースお嬢様の白い背中があらわになっている。
だけど、お薬を
俺はカッパの薬瓶から乳白色の液体を手に出し、白く細い首に塗る。
「? さっきのようにちゃんと塗ってくれ。本当に塗ったか?」
お母さん以外の女の人さわるの始めてなのぉぉぉ!!!
いや、さっき触ったか。
でもそうとは知らなかったのおおおおお!!!
薬を塗る手が、生まれたての子鹿みたいにプルプルしちゃう。
なんかこう、急に思っちゃったのよ。
女の子の肌に力かけないほうが良いかなーとか。なるじゃん?
よし、さっきの力加減を思い出して塗ろう
「あぁそうか、傷が酷いから遠慮したのか?」
「ハイ、そんな感じです」
「大丈夫だ、痛みには慣れている」
ふぅ。ようやく塗り終わった。
――うっ!
「ありがとう、助かった」
振り返ったラレースの顔は、キュッって息が止まるくらい美しかった。
なにこれ、国宝? 心臓に悪いんですけど。
「さてと、『すれっど』の皆にお前と会えたことを一度伝えておくか」
十字を切って表示枠を出したラレースは、どこかの掲示板にアクセスし始めた。
ああ、そういえばスレがなんとかって言ってたっけ。
「そういえば、伝えたいことって、俺が危ない、それだけなんですか?」
「いや、他にも配信時のコメントを非表示にしていて、答えていないとかだな」
「配信時のコメント?」
「――あ」
ここに至って、俺はとんでもない事実にようやく気がついた。
視界の横にある表示枠、その中であるモノが動いている。
俺とラレースだ。
戦いやら何やらで、俺は配信のことをいつの間にか忘れていた。
つまり、ずーーーっと、この薬を塗る光景を世界に配信しっぱなしだったのだ。
やっちまったぜ。
俺からはラレースの後頭部しか見えない。
だが、掲示板を覗きに行ったラレースの耳が真っ赤になって、その赤色が彼女の首後ろ、うなじまで伸びていったのが見えた。
うん、多分だけど俺、今日死ぬぜ。
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