歩く戦車

『目を閉じろ!!』


「!?」


 突然、無線越しに発したような、ひび割れた声が俺の耳に届いた。


 あまりにも唐突な出来事に、何が何だかわからず立ち尽くす俺。

 すると、前触れもなく周囲がパッと猛烈な光に包まれる。


 よくFPSゲームなんかでフラッシュ・バンっていう閃光と爆発音を発して敵をマヒさせるアイテムがあるが、それをまともに喰らった感じになった。


 ゲームだと画面が白くなるだけだが、実際に食らうと「光で殴られた」感じだ。


 人生で一回あるかないかの、非常に貴重な教育的体験をした俺。

 当然、「目が―!!目がー!!」と叫んでゴロゴロ羽目になった。


「目がー!! ……あ、動ける?」


 ついさっきまで、小指を曲げることすら出来なかったのに、地面を転げ回ることが出来る事に気づいた。


 そうか、誰かが閃光で「影」を消したのか!!


 まだ視界が白いままだったが、膝に手をやって立ち上がると、おでこが何か硬いものに当たった。


「イテッ……ん?」


 いつのまにか、目の前に見上げる高さの彫像ちょうぞうがある。

 いや、彫像じゃない。これは甲冑かっちゅうを着込んだヒトだ。

 ヘルメットがゴツくて像かと思った。


「あの……どなた?」

『ツルハシ男だな? お前に警告しに来たのだが……一足遅かったようだ』

「え、俺のこと知ってるんですか」

『ああ、「スレ」で、お前のことを知った』


 スレ……掲示板か!! 俺のことがどこかで晒されたってことか。


「警告って?」

『このままだと危険な連中に襲われるぞ、だ』

「あー」


 話していると次第に目が慣れてきて、近くのものが見えるようになってきた。

 眼前の甲冑男は身長……いくつだ? 2メートル以上ありそう。


 装備は高い身長にも負けない大きさのシールドに、大人の頭くらいありそうなヘッドの戦鎚。ガチガチの前衛。歩く戦車って感じだ。


 装備は古びているが、ベルトには油が引かれて、マメに手入れされているな。


 ……あれ、鋼かと思ったけど、この緑っぽい銀色、これってミスリルじゃない?

 純度と加工品質も良さそうだ。こりゃ、かなりのベテランだな。


 うん、装備からしてダンジョンネズミなんかとは比較にならない。


 何でこんな人が、たかだか警告のために俺に会いに来た?

 ネズミとの間に割って立ったのも、まるで意味がわからないぞ。


 おっとそれより――


 俺は手早く表示枠を操作すると、大国主の尻をつんつんして配信に接続させる。

 このダンジョンネズミの犯罪行為を視聴者に伝えるためだ。


 基本的にダンジョンの中で起きた犯罪というのは、自分たちで何とかしろ、出来なかったやつが悪い。という世紀末スタイルだ。


 それでもこうして記録して視聴者に伝えれば、連中の活動を妨害できる。


 評判が最悪になれば、周りから面白半分でボコられるようになって、活動どころじゃなくなり干上がるからね。


 「悪い奴ら」というレッテルは、人類社会において恐ろしい罰なのだ。

 よし、配信がつながったぞ。


「えー、チャンネル『ツルハシでダンジョン開拓します』の緊急配信です。集団ストーカー……じゃない、えー、ダンジョンネズミの襲撃を受けました」


「そして今、乱入者が現れました。彼は一体何者なのでしょうか!」


 俺は本来当事者のはずだが、完全に外野のノリで実況配信していた。

 だってもうこれ、ねぇ?


 そもそもの話、俺は非戦闘系ジョブなのだ。

 戦いはさぁ、戦える人が勝手にやれば良いじゃん?


「――ッ! 何だおまえは!」

「そ、そうだ、ぞ! い、い、いきなりやってきて!」


『ラレース。聖墳墓せいふんぼ騎士団、「クルセイダー」だ。』

『お前たち、信仰は?』


「神道系、だが……」

「No.4、逃げたほうが――」

「バカッ、なにを今さら」


「この人、加特カトリック系の宗教騎士みたいですね」

「でも、宗教騎士が相手の信仰を聞くって事は……」


『ではここに十字軍クルセイドを宣言する。』


「まあ、そうなりますよね」


加特カトリック系のジョブは十字軍を宣言すると、他の信仰に対してスキルの威力が増し、優位に戦える。これが宗教騎士の恐ろしいところだ。


「よ、よくわからないこ、ことばで、うるさいんだ、な!!」


 黒衣のパワー男が巨石を振りかぶってラレースと名乗った騎士に殴りかかった。

 人間大の苔の生えた岩が騎士を襲う。だが――

 

「ウォールクラッシュ!!!」


 騎士は腰を低くして、盾を地面に突き刺したかと思うと、そのままダンッ!と踏み込んで、ブルドーザーのように盾で土をえぐりながら突進し、目の前にあるもの全てを破砕した。

 

 ズァッガガガガガガガガ!!!……ドンッッッ!!!!


 猛烈な土煙と地鳴りが去った後は、ごっそりと地面がえぐれ取られていた。


 スキルを真正面から喰らったパワー男は手に持った岩を粉々砕かれ、両肘から手首にかけて、関節が曲がってはいけない方向に曲がっている。

 ひぇぇ……エグい。


「凄まじい威力の突進ですね。一番強そうな人がやられてしまったようですが、対するダンジョンネズミはどう動くのでしょうか」


 残った3人の黒衣の男たちは広がり、印を結ぶ。そして――


 3人が6人に、6人が12人に。12人が24人に。

 おいおい……まだ増えるぞ……。


「「「光欠けて闇に混じるは人ならざる」」」

「「「闇夜たてまつりて月と舞う。これぞ月読命ツクヨミよ」」」


 えーと、えーと……3から始まった倍々ゲームが5回だから――

 うん、総勢96人の黒衣の男たちの声が重なる。


 いや、これはもうギャグ入ってるだろ!!!


『影術か。なかなか面白いことをする。さて、どうしたものか』


 騎士さんの言う通り、本当に面白いことになってるよ。

 特に絵面が。


 黒山の人だかりとなった黒衣の男たち。

 やつらは各々刃物を握りしめて包囲の輪を狭めている。


 96対1は、さすがの騎士さんもヤバそうだ。

 仕方がない、配信は置いといて、手助けしよう――

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