泥人広場

「あー、誰か泥人広場を通った人がいるのかな? 好都合ですね」


 泥人広場と通路を隔てる門から広場の中をうかがうと、マッドマンはダンジョンの奥へと向かう出入り口に集中していた。

 きっと誰かが突破を試みたんだろう。成功してると良いが。


 泥人広場は結構大きい。通っていた小学校の体育館を思い出す広さだ。

 普段は等間隔にマッドマンが立ってるので、すごい狭苦しい感じがする。だけど今は手前がスカスカだ。これはめったにないチャンスだな。


「出口に集中している今のうちですね。そのうちマッドマンは部屋全体に分散するので、こっちに気がつく前に、必要な作業をしちゃいます」


 ん、気づいたら視聴者が10人になってる?

 なんか少しづつ増えてるな。うう、見られてると思うと緊張するな。


 深呼吸。すー……はー……よし。


「まず、門の近くから掘っていきましょう。ここに落とし穴を掘ります。でも深くしすぎないように。マッドマンが落下死しない程度の深さにします」


「それに、あんまり深く掘ると下の階に出ちゃうかも知れませんからね。最低限、必要な深さだけ掘ることにします」


 俺はツルハシを振るって、泥人広場の床にどんどん穴を作っていく。

 所持品に『ダンジョンの壁』に加えて、『ダンジョンの床』が追加される。


 ダンジョンの床も、壁とほとんど大きさは変わらないようだ。床も壁も、1メートルくらいの大きさのブロックに切り取られていく。

 こりゃ整地が楽でいいや。


「えっと、ダンジョンの床が集まってますが、これは後で使います」


 俺がツルハシを一回振れば1メートルの深さで掘れる。


 だから、落とし穴を作る作業はすぐ終わった。俺の目の前には、深さ4メートル、幅10メートル、奥行き5メートルの落とし穴が出来上がっていた。


 この大きさは大国主に500体のマッドマンを詰め込むのに必要な大きさは?

 と、聞いて決めた。


 大きさが正確にわかるのも、ブロックの大きさが一定なおかげだ。

 いやぁ設計の目星を付けやすくて助かる。


「できました。後は連中を誘導するだけですね」


「そうですね……安全を考えて、誘導は上から行いましょうか」


「よいしょっ」


 俺は壁ブロックを入り口の方の壁に階段状に配置した。

 階段状に配置したブロックは、そのまま階段として使う。



 そして――


「では、ここから床を作っていきます」


 俺はブロックの階段をよじ登ると、ダンジョンの壁を<ポンッ><ポンッ>と、手際よく配置していく。


 どうでもいいが、ブロックを無理やり階段として使ってるので、階段の一段一段が1メートルもある。なんだか巨人の家に迷い込んだ気分だ。


(長すぎると崩れかも……一応、ブロックで支えも作っておこう。)


 さて、作業が終わると、俺が入ってきた方の壁から前へ向かって、とても長い柱が生えた格好になった。


 こりゃ、ちょっとした橋だな。

 ブロックの橋の上に立った俺は、結構な高さから下を見る。


 眼下には無数のマッドマンが居るが、俺が見下ろしていると、何体かの泥人間は俺の存在に気づいたようだ。


 眼球のないポッカリと空いた眼窩がんかで奴らは俺を見つめている。


「では、誘い込んでいきます。おーーーーーーい!!!!!」


 俺の声に反応して、500体のマッドマンが全員ばっと振り返った。

 うおおおおお怖えええええええ!!!


「だ、大丈夫! マッドマンに遠距離攻撃はないので、落ち着いて誘導します」


 自分へ言い聞かせるように配信に語って、俺は床を踏み外さないよう、足元を確かめながら、ゆっくり後へ下がった。


 ずり……ずり……

「うあああああ」「おおおおおおお」「んふうううううう」

 ずり……ずり……


 俺がマッドマンを落とし穴まで引っ張るしばらくの間、俺のスニーカーが床をこする音と、奴らが発するうわごと以外の音が、この空間に存在しないようだった。

 正直、超怖い。


「もうすぐですね……おっ!」


「うおおおおお!!!」「おおおおおん!!!!」「ぬひいいいい!!!」


 マッドマンはゾンビよりも頭が悪い。ゾンビは脳みそが腐っているが、一応脳みそが存在する。しかしマッドマンはその脳みそすら無いようだ。

 落とし穴だろうとなんだろうと気にせず、愚直に進んで落ちていった。


「マッドマンって炎の床みたいな、魔法の罠が目の前にあってもまっすぐ突っ込んできますよね。今回はその習性を利用しました」


 俺は泥人広場を見回す。落とし穴以外に泥人の姿はない。

 うん、全部落とし穴に落ちたみたいだな。


「えーと、みたところリスポンは確認できません。落とし穴に落ちたマッドマンは一匹も死んでないみたいですね。よかったよかった」


「あ、そうだ。念のために床は埋め直しておきましょう。間違って誰かがこの中に落ちたら危ないですからね」


<ポンッ><ポンッ>


 埋め直して思ったが、空気穴って必要ないかな?

 一応聞いてみるか


大国主おおくにぬし、マッドマンって息します? 空気穴無かったらしんじゃいませんか?」

『その心配はないぞい。マッドマンはゴーレムと同じ魔法生物じゃ。奴らは酸素を必要とせん』

「だそうです。じゃあ、このまま埋めちゃいますね」


 大国主の言葉を信じて、おれはマッドマンを完全に床下に閉じ込めた。

 よし、完璧な仕事だ。


「ふう。大体こんなかんじで、ダンジョンの危険な場所を開拓していこうと思います。よかったらチャンネル登録を――」


 作業に集中してまったく気が付かなかったが、俺のチャンネルの登録者数が異常な数字になっている。ひぃ、ふぅ…10万人?!

 視聴者数はその十倍の100万人だ。


 チャンネル登録者数の数字の桁は10万人を指し示している。

 しかし、その下の桁の数字はまだまだ増え続けていた。


 表示枠はチャンネル登録を示すハートが噴水みたいになっている。

 ハートで埋め尽くされて画面がもうほとんど見えない。なんじゃこりゃ。


 まあ、これは俗に言うアレ、アレだよなぁ……。


「……バズったって……コトぉ?」

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