『黒龍の墓場』攻防戦 それぞれの開戦





 船の大砲を落としたアトラは次に船本体を潰すべく、再度天力ルフトを使おうと狙いをつけ、唱えた。


「under━━━」

 が、しかし


「させるかよ!雷震サンダーブレイク!!」

『バリバリバリッ!!』


 無数の稲妻が周囲一帯を網のように走る。

 アトラはその稲妻を回避するべく船への攻撃を中断した。


「チッ、阻まれたか…」


 正面、黒い鎧の男が船を守るように浮いている。


「魔導兵機部隊か?」


 魔導兵機。それは王国の魔導工学技術を用いた兵機の呼称であり、鎧から武器、戦艦まで多岐に渡り使用されている技術。

 魔導兵機部隊はそれらを専門に扱う王国の虎の子の部隊だ。


 だが、

「おっと残念、ハズレだ。俺たちは魔導兵機部隊じゃないぜ」

 違うと否定しながら、全身を黒い魔導鎧で武装した男がこちらへと突っ込んできた。


 男は剣を振り上げ斬りかかる。アトラはそれに応じる。

 男の剣とアトラの刀が交わり火花が散った。


『ギィンッ』


 一合交え、お互い距離をとる。


 相手を確認する。

 年齢は30代半ばと言ったところ、黒い短髪で無精髭をポツポツと生やしたイケオジだ。

 そしてその男は当然のように空中を浮遊していた。この世界は別に翼人だけが空を自由に飛べる訳ではない。魔導兵機があれば、誰でも空中移動は可能だった。


 見た感じ一般的な魔導兵機の鎧だが、カスタムチューンが施されているようだ。


「んで、そう言うあんたは血花姫けっかひめだろ?」

 男は気安く話し掛けてくる。


 態度は軽薄そうな男だが、どうやら実力はありそうに見えた。


「………」

 男の質問にアトラは答えない。

 仮面をしていない、しっかり顔を見られた。たけどここはアースシュミラの国外なのだし、こうなってしまえば別に答えても良かった、よかったのだが。


 その恥ずかしすぎる二つ名だけは肯定したくなかった。


『奴の通った後には赤い血の花が咲く』━━━故に”血花姫”。

 アトラにはどうしようもなく如何にもな二つ名が付いていた。


 (なに血花姫って…勝手に名付けた奴見つけたら潰す…)


「おいおい、そんなに睨むなよ、美人が台無しだぜ?姫さんよぉ」



 こういうタイプは苦手だ。だが、経験上ほっとくとさらに面倒臭くなる。それに少しでも情報がほしい…。

 渋々口を開く。

「…私の名はアトラだ。血花姫などしらん。…名乗ったぞ、次は貴様の番だ、お前たちはなんだ?なぜ私たちを襲う?」

 否定に質問も交え、男に名乗ってやった。


「ふ~ん、そっか。ま、それは戦って確めるか。俺はバンジャルだ。襲った理由は生きてたらわかるさ」


 ふむ、理由はともかく名乗るのか。王国の暗部ではない?目的はあの攻撃からして我々の抹殺かだろうが…


「じゃあ、自己紹介も終わった事だし…始めよう…ぜっ!!」


 バンジャルは持ってる剣の先端をこちらに向け魔法を放った。

 剣先が輝く。


雷光弾ライトニング!」

『バシィッ!!』

 青白い雷光が走る。


 一般的な雷系統の魔法だが魔導鎧で威力が底上げされている。当たれば死にはしなくともそれなりのダメージを受けるだろう。当たればだが。


 アトラはその一撃をヒラリとかわす、かわしながら男に片手を向けた。


「under G 1hundred」


 100倍の重力だ。幾ら魔導鎧を着ていても人が耐えれる重力を遥かに越えている。まぁ落ちて動けなくなるだろう。


 アトラはこの技をよく使う。

 他に遠距離の技がない訳じゃないが、重力系のルフトはなかなか強力だ。遠距離で他の技を使えば相手は簡単に死ぬ事が多い。

 今回は情報が少ない。死なせてしまうのは心情的にも実利的にもしたくなかった。

 その点、威力調整がしやすいこの”under G ----”はかなり使い勝手が良いのだ。別にアトラがズボラだからではない、決して。


 しかし今回はそう簡単に行きそうにもない。


「ほぅ…」


 アトラの視線の先。


「やっぱりあんた血花姫じゃねぇか」


 バンジャルは100Gをものともせず、まだそこに浮いていた。




 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□




 グリナスタは拠点爆発の時、武器を掴む直前だった。

 もう少し、ほんのちょっと手を伸ばせば自分の武器に手が届く、そのはずだったのだが。


「ぬっ!?」


 触れる瞬間、武器がグリナスタから逃げるように離れた。

 その直後。


『ドッッゴォォォン!!!』


 瞬きする暇さえなく、その筋肉の塊は拠点の外へと投げ出される。

 爆発は凄まじい威力だったが、幸い大きな怪我は負っていないようだ。運がいい。そう思った。


 キリモミしながらも何とかスキル”鉄壁”を発動させ、防御の姿勢をとった。来るであろう地面への衝突に備える。


 トーンっ!


 軽い衝撃が背中に伝わる。

 空中で瓦礫がぶつかったのだろうかと思った。だが、


「これは一体…?」


 グリナスタは瓦礫に押し潰される訳でもなく、地面へ叩きつけられるわけでもなく、既に地面へと着地を終えていた。


 一瞬困惑したが、悪いことではないのだからと直ぐに体制を整える。


 瓦礫はまだ降ってくる。

 それを避け、拳で叩き落とす。

 そして先ほどまで共にいた新たな仲間達の事を思う。


「主、そして麗しのアトラ嬢…どうかご無事で」

 キューロへの信仰とも取れる尊敬の感情と、初めて経験する異性への恋心を胸にグリナスタはそう呟いた。




 降り注ぐ瓦礫を全て叩き落とし、周辺を確認した。どうやら拠点横の滝とは反対側の森に落ちたようだ。

 拠点は見るも無惨な状態だ。自分だけが生き残ったとは考えたくない。


 仲間を助けるべく爆心地へと向かおうとしたその時。


『ボゴォォン!!』


 再度の爆発音。

 驚き、爆発が起きたであろうところへ目を向けると、小型の戦闘船が確認できる。

「あれは?」

 最初に拠点を攻撃したであろうその船が爆発していた。


「何が起きているのでしょうか…お二人が心配です」


 そう一人溢していると。


「おいおぃ~俺たちの船、結構ぉヤバイんじゃねぇ~?」


 直ぐ近くでこれまでに何度か聞いたことのある声が聞こえた。

 グリナスタは首だけゆっくりと振り返る。


「なぁ~?お前もそう思うだろぉ?グリちゃんよぉ」


 そこには、

 アースシュミラ王国特殊工作員『ハグレ部隊』副隊長のべザルが大斧を肩に担ぎ、煙を出す戦闘船をボンヤリと眺めていた。


「お久しぶりですね、べザルさん」

 グリナスタは首に続いて体を向き直しながら特に敵意も出さずべザルへと挨拶をする。


 べザルは一瞬グリナスタを見て驚き、グリナスタ同様スキンヘッド頭をポリポリと掻いた。

 数秒の間の後、べザルはまた話しかける。


「なぁ~グリちゃん。挨拶なんてぇお前らしくねぇなぁ。何かあったのかぁ??べザルさんにぃはなしてぇみろよぉ」


 グリナスタはべザルにそう言われたので包み隠さず話せるところだけ全部話した。


 自分がスウェイに騙され家族を殺したこと、その後スウェイと自分を殺すべく、ずっと自分の心を殺し続けていたこと、スウェイを殺したこと、光に導かれ救われたこと、初めて恋に落ちたこと。


 それはもう饒舌にべザルに語り聞かせた。


 それは聞いたべザルは

「うっうっ~~そっかぁグリちゃぁ~ん。うっぐすっ、そんなあにぃ~辛ぃ~過去が、ズズッ、あったんだぁなぁぁ~ヒック」

 泣いていた。


 それに対し

「いえ、私はもう導かれましたので、幸せです」

 グリナスタはそう答えた。正しく狂信者のそれであった。


「うっ、ぐすっ、そっかぁ~そっかぁ~俺はぁ~ぐすっ、グリちゃんがぁ幸せにぃなってくれてぇ~うっ、うっ、ほんとぉぉぉにぃ嬉しぃ~

 」

 べザルは本当に嬉しそうに泣き笑い言う。

 つられグリナスタの顔も綻んだ。


「だぁからぁ、ごめんなぁ~。ほんとぉにぃ、ごめんなぁ~死んでくぅれぇなぁ~」


 刹那。


「ぬんっ!!!」

 グリナスタは持てる筋肉の全てを使い、眼前まで迫っていた大斧を白羽取りで受け止めた。


「べザル…さんは…お変わりないようでっ…なに…よりで、すねっ」

 グリナスタに余裕は全くなかった。が、師匠だった相手へと最後の日常会話を投げ掛ける。


 それを聞いたべザルは顔を歪ませ嬉しそうに笑ったのだった。




『黒龍の墓場』にてキューロ、アトラ、グリナスタ三人の戦いが今始まった。

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