師弟
光の海を揺蕩う。
ゆっくりと、ゆっくりと揺り揺られ
少し進み、少し戻る。
長い、永い時間。
揺られ続け、たどり着く先はどこか━━━
流される先に目を向けても、眩ゆさに阻まれ何も見えない。
でもいい…この先のことは知らなくていい
辿り着いてから知ればそれでいい。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「んーう…ん…」
目覚めるとそこには…グリナスタのドアップの顔があった。
「ひぃぃぃ!」
近い!近すぎるで自分! 心臓止まるかと思ったわっ!!
ってここは……拠点?
あれ?さっきまで拠点から結構離れた場所にいなかったっけ?グリナスタがここまで運んだのだろうか?
グリナスタを見る。表情は何故か憑き物が落ちたように穏やかだ。
どうやら敵意はないらしい。
「え、えーっと…グリナスタ、あれから何がどうなったんだ?記憶が曖昧で、あんまり覚えてない。なんであんたが拠点の場所を知ってる。それも含めて教えてもらえないか」
「ええ、勿論ですキューロさん。貴方は私の救いなのですから」
…キューロ…さん…?
え、え、なに?何で名前知ってんの?しかも何故さん付け?救いってなに?
やだ怖い、怖いよ。もう事件だよ。
「いや、先ずは私とだキューロ。グリナスタは後で頼む、食事の用意を先にしてくれ」
どことなく懐かしい声が、頭の上から聞こえた。
そこには━━
自分で二ヶ月とか言っておきながら半年も遅刻したアトラがいた。
文句の一つでも言いたかったが顔を見た瞬間、全身から力が抜ける。
なるほど、グリナスタに拠点と場所を教えたのは師匠か。
それにしても俺、何だかんだで師匠に依存してたんだな…情けない。
ジト目で睨みつつ、「随分早いお戻りですね」と嫌みを言うと、「お前が死んでなくて複雑な気分だ」と返された。
酷くね?何倍返しだよ、泣くぞ。
「はぁ、言いたいことは沢山ある、が、とりあえずおかえり師匠」
「相変わらず可愛くない弟子で安心した。心置きなく殺せそうだ、ただいま糞虫」
短く師弟の微笑ましい挨拶を交わす。
「それで、師匠が遅れた理由と、何でグリナスタがここにいるのか教えてくれ。俺もこうなる前の記憶があやふやだ」
「あのガチムチのことは後で本人に直接聞け、とりあえず起きろ。強くなったか私が直接見てやろう」
もうね、散々遅刻したくせにすんごく師匠って感じの態度だわこの人。
「いや、先に話を聞きたいんだが…」
「話ぐらい手合わせしながらでもできるだろう。大体お前は丸2日寝ていたんだ、今後の為にも少しは体を解しておけ」
2日も気を失ってた?俺は一体なにをしたんだ?わからん。
それに今後って…何かあるの?嫌な予感しかしないんですが。
まだ寝起きなのに勘弁してほしい。
「はぁ仕方ない、わかった。俺も師匠に聞きたいことがある」
「じゃあ早くしろ愚弟子」
そう言って師匠と二人、訓練場へと下りた。
訓練場への道すがら、なんか色々と物が増えている。全部師匠がストレージに入れて持ち込んだものだろう。
ストレージはやっぱり便利だな、俺も普通で良かったのに。羨ましい限りだ。
「これを使え」
ホイっと師匠が木刀を投げてきた。
わざわざ用意してきたのか、まぁ手合わせするには助かる。手合わせに実剣使うのは俺にはまだ早い。
それにしても、前は一度も手合わせしてくれなかったのに、なにか心境の変化でもあったんだろうか。
木刀を握る。
お、かなり頑丈そうだ。これなら少し力入れて打ち込んでも、簡単に折れたりはしないだろう。
「私がいない間しっかり訓練をしていたんだろうな?変わってなかったら、今ここで殺す」
相変わらず物騒な発言だ。まぁ見込みないのに長々と無駄な時間使いたくないわな。
「ああ、師匠に吠え面かかせてやろう」
「ほぅ…いい度胸だ。楽しみにしよう」
互いに向き合い、構える。
始めるのかと思いきや師匠から声が掛かった。
「キューロ」
「ん?」
「出し惜しみせず全力でこい、私が胸を貸してやる」
ははっ、本当に師匠らしいことを言う、実は熱血馬鹿なのかな。
━━んじゃ遠慮なくいかせてもらおうか。
「ああ、そうさせてもらうよ師匠」
「ふふっ、ではいつでも来ていいぞ」
一つ深呼吸する。
空手には息吹と呼ばれる呼吸方がある。またの名を”逆腹式呼吸法”
この呼吸法は空手だけではなくあらゆる戦闘術でも活用できる万能な呼吸法だ。
色々な効果があるが、今は使用する筋肉へ力を溜めることだけに集中する。
「スゥ…シューーーーゥッ……ハッ!!」
俺は溜めた力を解放し、勢いよく地を蹴った。
師匠は正眼に木刀を構え待ち受けている。
瞬時に師匠の間合いまで詰め、そのまま下段からの振り上げ。
師匠は木刀を合わせようと、上段からの袈裟斬りのモーションに入る。
だが俺のはフェイントだ、木刀を振り上げることなく瞬時に右真横へ一歩半、跳び移動する。
師匠は袈裟斬りの動きを中断することなく、振り卸しの途中から木刀を両手から左手に持ち替え、身体を開き、袈裟斬りを薙ぎ払いに変えてきた。まるでそんな型があるかのような違和感のない自然で流麗な動きだ。
刃先がギリギリ俺の首を捉えている、実剣なら首が落ちる。かわせない。
俺は仕方なく温存していた下段からの振り上げでそれを弾き、防いだ。が、
師匠はそれで終わらない。弾かれた反動で回転しながら、崩れた体制を立て直し、回転の勢いを利用して、再度の横薙ぎを繰り出してきた。
俺はまだ振り上げた体制のままだ。
上手い、そんな次元ではない。なんて柔軟で安定した体幹だ。俺のフェイントも鼻からお見通しか。スゴすぎる。
実は師匠と出会って、これまで剣術はあまり目にしたことがない。
でもあの掌のマメが、師匠のこれまでを物語っている。たゆまぬ努力の積み重ねと、幾度もの死線を潜り抜けてきた証。
自分も剣を振るようになったからわかる。真正面からでは勝てるはずもない。
あまりにも差が開きすぎている。
━━━だけど
「緑煌眼!」
さっきとは比べ物にならない反応速度で師匠の木刀を叩き、弾く。
同時に右足を更に一歩前に。
返す刀で師匠の腹部目掛け一撃を放った。
師匠はギリギリで自身の木刀を捩じ込みその一撃を防ぎ切った。が、流石に予想外の動きだったのか、勢いを殺しきれず少し後方へ弾かれ飛んだ。
追撃しようとしたが、そのまま間合いの外まで距離を取られた。対応が早い。
師匠を見る。目を見開いて驚いた顔をしていたが、目を閉じ、次の瞬間にはいつも通りに戻った。
「キューロ。いつからだ」
「緑煌眼のことを言ってるなら、師匠が居なくなって1ヶ月たったぐらいから違和感が出てきた」
「1ヶ月…たったの1ヶ月、だと?」
アトラの表情が変わる。
これは、怒りだ。
どうやら琴線に触れてしまったらしい…。
おいおい、手合わせしながら、経緯の話しするじゃなかったんですか?なんでマジギレしてんのあんた。
全力って言ったのそっちじゃん…
でもまぁ怒りはあるけど…殺意は、抑えてるって感じか。師匠も師匠で、色々堪えているんだろうな。
自分が時間をかけて苦労して会得した力が、よくわからん奴に奪われた挙げ句、1ヶ月でものにしてたら理不尽を感じるだろう。
アトラの怒りはもっともなのだ。
その後、俺は本気を出した師匠になす術なく、ただの的へと化した。
ぼっこぼこにされた。
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