彷徨い人
左手に重症の火傷を負いながらも、なんとか研究所を脱出した。
使用した転移の魔道具は、朝廃棄翼人の女の子に吹っ飛ばされたときに突っ込んだ、段ボールの中から持ち出したものだ。しかし持ち出してみたは良いものの使い方がわからない。
メアの部屋であれこれ試しても何も起きなかった。
しばらく悩んでいたが、講義の際に「翼人には魔力がないから魔道具使えないわよ」と聞かされたことを思いだし、かなりがっかりした。魔石で代用できるとも言ってはいたが、あの部屋に魔石らしい物も見当たらなかったしな。
「使い道が失くなったと思っていたんだけどな、なんでもやってみるもんだな」
あの羊皮紙━━転移の魔道具を発動させることができたのは全てメアの火魔法のお陰だ。
左手に重い火傷は負いこそはしたが、リバースで火魔法を魔力に戻すことができた。
魔道具の発動が魔石で代用できるのなら、結局魔力ならなんでも良いってことだ。そう思いやってみたが結果として上手くいった。なんとか研究所から抜け出すことに成功したのだった。
どうやらあの転移魔道具は短距離転移用のものだったらしく、都市の繁華街から少しはなれた所に転移したようだ。
そして現在━━
ププーーーーッ!!!
パッシングしながらクラクションを鳴らし、あろうことか速度を
「んあっ!危なっ!!」
咄嗟に地面に這いつくばる。直後、車は頭をかすめ通り過ぎ去っていく。
転移した場所。そこは道路の真ん中だった。
転移先のことなんてわかるわけもない。ましてや自分で転移先を選べるはずもなかった。まず土地感が0だ。
幸いだったのがこの世界の自動車は魔法技術により、車体を僅かに浮かせて走行していることだ。地面にへばり付けばギリギリかすめる程度でなんとかなった。
今朝、研究所の最上階から街の様子を眺めていなければ、そんなこと知らずに撥ね飛ばされていたに違いない。
そう思うと背筋がゾクッとした。が、それで終わらない。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!」
頭上を通りすぎる車は一台ではない。何台も何台も頭をかすめながら通りすぎていく。
十数台の車が通りすぎ、流れが切れた瞬間、飛び起き逃げるようにその場を離れた。
「あ、ありえんやろ…死んでも知らんって勢いやったぞあれ…この世界の奴ら、思った以上にぶっとんでるわ」
道路の脇まで移動し、ハァハァと息を切らせながら文句を言う。
とは言え、あのクソったれの研究所から逃げ出せたのだ、ちょっと死にそうな思いぐらい大目に見よう。
そう思いながら、周囲に目を見やる。
周りは都市の郊外と言った感じだ。少し遠くに高いビルが建ち並んだ地域が確認できる。
(あそこは、この都市の中心か?さすがに行くのは不味いか…)
情報を集めるにも人が多いところへいく方が良い。が、脱走直後だ。さすがに人目に付く場所は避けるべきだ。かといって都市の外へ出るのは魔物がいるらしいため危険。
「とりあえず潜伏できそうな場所を探さないと、この火傷もできれば何とかしたい」
そう呟きながら暗闇の中を歩き出す。歩き出してすぐ目の前に小さな看板がありこう書かれていた。
『第五生態研究所 20m先左折』
迷わず回れ右をした。
「ここ研究所めっちゃ近いじゃん!あの魔道具、短距離すぎるわっ」
今ごろ研究所では怒り狂ったメアが追跡にでようとしてるかもしれない。一刻も早くこの場を離れようと、できるだけ暗い道を選びながら小走りで移動した。
それにしても手が痛い。せっかく回復したのに服も身体もまたボロボロになった。
慎重に移動しながらも先ほどのメアとの攻防について思案する。メアは火を出し一直線に飛ばしてきた。あれがきっと『魔法』なのだろう。メア自身の戦闘力がどれ程のものかはわからないが、抵抗せずに直撃しようものなら、身体に穴が空き丸焼けになっていたかもしれない。
この世界はそういう人間がゴロゴロいると考えて、少しゲンナリする。
それに引き換え自分は、リバースはともかくストレージも収納できるのは小物一つまで、残り2つの『属性』と『
さらに翼人種以外の生き物は、皆魔力を保有している。
「少なく見積もっても、俺最弱なのでは?」
この先に不安を感じつつも、研究所から離れるべく暗い夜道を走り抜けたのだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
俺は大きな通りを外れ、しばらくの間暗闇の中を移動してきたのだが、どうやらこの先の道に暗闇はないらしい。
昼間のように煌々と灯った明かり。人々の賑やかな営みの声が聞こえてくる。
「都市の中心から外れるように走ったつもりだったんだけどな…いまどの辺りに来たんだ?」
路地裏から通りを確認する。
「おぉ…」
思わず声が出た。
そこは人の行き交う商業街。普通の人間はもちろんいるが、他にもけもみみの獣人や角の生えた人、ドワーフやエルフと言った、正に異世界ならではの人種がごく自然に生活を営んでいた。
一見すればコスプレ会場ともとれる光景だが、街を歩く人たちはとても自然だ。
友人や恋人と買い物を楽しみ、家族で食事を楽しむ。OLやサラリーマンのような獣人も会社の打ち上げだろうか、酔っぱらいながら肩を組み、フラフラと歩きながら「もう一件いくぞー」なんて言っている。
「ホントにここ異世界だったんだな…それにしてもあちらの世界とほとんど何も変わらない」
一人そう感想を漏らし、どことなく懐かしい光景をただ呆然と眺めた。
にしても、
皆、普通に暮らしているのに何故自分だけ死にそうな目に遭い、人目を気にして逃げることになっているのか?
そう思うと無性に腹が立ってきた。いっそ全てリバースで粉塵に戻してしまおうかと闇落ち思考になる。まぁそんなこと鼻から考えていないが…
懐かしい空気に当てられたせいだろうか、ふとあちらの世界に残してきた家族の顔を思いだした。記憶の中の妻と娘の顔が目の前を歩く親子と重なる。
それを眺め首を短く横に振る。
そして光から逃げるように路地の闇へと姿を消した。
人々の喧騒も届かない路地の奥で。
うずくまり一人声を押し殺して泣いていた。
限界だった。考えないようにしていたのに思い出してしまった。
愛しい家族を思い出し、また会いたいと、また触れたいと思ってしまった。
「くそっ、中身はいい大人だろうがっ、そんぐらい我慢しろよっ俺っ!」
そして、なぜなんだと、どうして俺なんだと答えの無い問いを繰り返す。
平凡で良かった。不満なんてなかった。特殊な力もファンタジーも、聞いたり見たりするだけで良かったのに。
家族のいる世界へ戻りたい。
だけど何の力もない。そこまでの道のりもわからない。
心は悲嘆と絶望に暮れた。
考えて思い出せばまた辛くなる。
もう何も考えず全部諦めてしまえば━━━
「俺は…こっから何をどうすればいいんだよ…この世界に連れてきたやつ、いるんだろ…」
フラりと立ち、生気の失った目で暗い空を見上げる。
「ぜんっぜんわからねぇよ……なにすりゃいんだよ…おい、教えろよ……………」
「教えろよ!!!!」
虚空に叫んだ。
返事なんてあるはずが━━━━
ドサッ!!
それは唐突に空から降ってきた。
暗く静かな路地裏。
突然の出来事に心臓が飛び出しそうなほど跳ねた。
「おわっ!ななっ、なんやねん!?」
意気消沈から一転。めちゃくちゃ動揺した。
2mほど先にそれは降ってきた。
追われる身だ。今自分がいるここが発見され、何かを投げられたのか?とも思ったが投げるにしてはやけに大きい。
暗く視界が悪い中、慎重にそれの全体像を確認する。
「これは……羽か?まさか!?」
手の先に触れるものがあった。この感触には覚えがある。背中の羽と同じ感触だ。
一瞬ドキリとする。今朝逃げた廃棄翼人の女の子の顔が頭を過った。
慌てて近づき、左手の痛みを我慢しつつ手探りであちこち触り、なんとか抱き起こすことができた。
暗闇でよく見えないが形状からしてもやはり人だ。それに人の温かさも感じる。耳を澄ませば僅かに呼吸のような空気のスゥ、スゥ、と言う音も確認できた。
「おい!大丈夫か?しっかりしろ!」
出血しているのか、温かい液体が抱いている手を滴りつたっていく感覚と、鼻を差す鉄の臭いがした。
「くそっ、いま回復する!」
そして今日何度めかの能力を使う。
「リバース!」
白くほのかな光が右手から生まれる。
ああ、最初からこうしてれば暗くても見えたなと、今さらなことを感じながら俺は右手を顔があるだろうところへとかざした。
「?」
(え、誰これ?)
抱き起こした人は廃棄翼人の女の子、ではなかった。
そこには白い肌を血で濡らしながらも、それすら気にならないほどの美しさ。あちらの世界では見たことの無い、黒髪の絶世の美女がいた。
(空からすんごい美女降ってきたでおい…)
リバースを続けながらぽーっと見とれていると美女の目が突然開いた。
目が合う、心臓がドクンと跳ねた。
(も、ももももしかしてこれは…ヒロインとの運命の出会い的な? ダッ、ダメだぜ!俺には妻と子がっ…)
「誰だ貴様はーーー!!!」
俺は神速の頭突きを喰らった。
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