光と残酷~既婚者おじさん。若返って苦難の異世界生活をする~

くむ

━プロローグ━ さよならの日

 



目も開けられぬほどの眩い光の中―――――。



 思い出す。



 愛しい家族の声。



 平凡で代わり映えのない日々。



きっと幸せだった。



もう戻れないと、分かったとしても



それでも俺は━━





 □■□■□■□■□■□■□■□





 俺のやってる仕事はトラックのドライバーだった。

 周りからは「それ3K職じゃん!」と馬鹿にされることもあったけど、何の事情も知らない周りの意見に振り回されるのは嫌だった。

何より稼ぎが良かったから特に気にせず大手から転職して今まで10年、黙々と運転をしてきた。


「3K」とは、つまり「きつい」「汚い」「危険」の「3つのK」のことだが、単にトラックと言っても仕事の内容は数多あるのだ。トラックドライバー=3Kな訳じゃない。


 実際、俺のやっている仕事と言えば…


 荷物の積み卸しは機械が行うため「きつい」肉体労働は無いし。

 掃除と言うか家事全般が趣味な俺にとっては車内はいつも清潔快適だ。それに高速道路のサービスエリアで毎日シャワーに入れるから「汚い」とも無縁だったりする。

 唯一3Kとして上げるとすれば、「危険」は向こうからもやってくる。これは自分が気を付けていても防ぎようがない。


 とまぁ、3Kではなく1Kといった感じだ。


 唯一長時間の運転は飽きるところもあるが、スマホのWeb小説朗読アプリがあれば、ほぼ趣味の時間と言う悠々自適でノンストレスな生活。

 これで日本人の平均年収がもらえるのだからむしろ申し訳ないくらいだ。


 自分が馬鹿にされることは特に気にならなかったが、ただ女性と付き合うとなれば少し話が変わってくる。

「3K」と言うだけで異性はあまり寄り付かない。こういう時は仕事の外聞も少し気になるところだ。


 だがそんな俺にも運命の人はいた。


「やってる仕事と幸せってなにか関係あるの~?」と笑顔で答えた彼女は出会いこそマッチングアプリという軽いものではあったが、職業で人を判断しない素晴らしい性格で、お互い気が合い、思いやりのある素敵な女性だった。



 俺32歳、彼女27歳。適齢期ギリギリという焦りの後押しもあったかもしれない。付き合った1年後に俺達二人は結婚した。





 結婚してあれから6年。俺は39歳になった。アラフォーである。


 相も変わらず長距離ドライバーの仕事をしている。


 明日は今年5歳の愛娘の参観日。勤めている会社は融通が利くよい会社だ。家族行事で休んでも、今まで特に嫌みを言われたこともない。

 運送会社ではなかなか見られないほどの優良企業だ。




 幸せだった。


 人生に文句などなかった。


 ずっと今の生活が続くと思っていた。





 だから、トラック同士で正面衝突した時、これはきっと夢か何かなんだろうなと心の逃げ場を探した。





 □■□■□■□■□■□■□■□





 緩やかに上昇している。……いや、浮上だろうか?

 背中を誰かが、何かが押し上げている。

 意識も少しずつ浮上していく。



 重い目蓋を少しだけ開けた。


「…あれ、………俺は………なにが」


 今まで何をしていたかすぐには思い出せない。


 吸い込まれそうなほど青い空が見えた。


 目蓋はまだ重い。



 ━━少しずつ、記憶が追い付いてくる。しかし先程まで見ていたはずのビジョンがやけに昔に感じる。


 きっと、頭を強く打ったのかもしれない…。


 さらに数秒後。

 事故を起こしたことをようやく思い出せてきた。


「ここは…そとか…?」


 シートベルトはしていたはずだが、強い衝撃で車外に投げ出されたのだろうか。


 体に力が入らない、視界も思うように定まらない、耳鳴りも酷い。


「しぬ……のか…」


 人生39年、今まで経験したことのない状態だ、こう思うのも無理はない話だ。


 避けようがなかった。正面から重量のある物質同士がぶつかったのだ、ハンドルを切ったが間に合わなかった。即死でもおかしくない。


 故に、


(保険…。死亡保障いくらだったっけ。今後の生活費ちゃんと管理できるかな。あ、役所に死亡届け出す前に銀行からお金移さないとヤバいな、凍結される。ちゃんと暗証番号教えてたよな……。お墓どうしよう、きっと困るだろうなぁ)


 もう諦めていた。


 思うのは自分の死より残される家族の今後のことだった。



 だから俺は思い出せない。


 事故が起きた時、空は青空ではなく雨雲で覆われていたことを。


(二人とも悲しんでくれるかな…。)


 だから俺は気付かない。


 体は傷どころか、周囲に血一滴も、それどころか道路も車も何もないことにも。


(できればもう一度会いたかったな。早く忘れて幸せになってほしい…な)


 そして━━迎えが来たと思った。


 仰向けで見た青い空。


 白い翼を羽ばたかせ、優美に舞い降りる人を見た。


 それを最後に目蓋はまた重い幕を下ろす。

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