6
ロベルトの家に着く頃にはすっかり夜だった。絶対に残業手当と交戦の特別手当をつけてもらおうと心に決めながら、エミリアは車のトランクから荷物を下ろした。オリバーは手伝ってくれたが、ロベルトはどこかに電話をかけていた。組織に高速道路での顛末を説明しているのだろうとは思った。
「エミリア、今日はありがとう」
電話を終えたロベルトが話し掛けてきた。エミリアはさっと背筋を伸ばし、反射で頭を下げた。
「いえその、私こそ、お金を頂いたりグローブを頂いたり」
「正当な働きには正当な報酬が必要なものだよ。ね、オリバー?」
「ノーコメント」
オリバーの態度にロベルトは笑い声を上げる。仲が良いのか悪いのかエミリアにはわからなかったが、うまく付き合っている二人だとは少しずつわかってきた。
「では、あの、今日は失礼します」
「うん、ご両親と弟くんによろしく」
「あ、はい!」
エミリアは再び頭を下げ、車に乗り込みエンジンをかけた。木々に囲まれた家から遠ざかりながら、一度だけバックミラー越しに家を見た。オリバーとロベルトはまだ庭先にいて、黒い大きな犬、二人が家で飼っている愛犬のアレスの姿もいつの間にかそこにはあった。
オリバーはともかく、ロベルトがエミリアを見送る姿は珍しかった。なんとなく嬉しくなる。今日は帰ったあと、高速道路で危険運転を繰り返したことは伏せて、弟に仕事の話をしようかなと、浮き足だった気分で考える。
その後に、
「……あれ、私、ロベルトさんに家族の話したことあったかな……」
やっと気付くが遅かった。エミリアはじわじわ不安になった。
また無茶な要求をされるのではと恐ろしく思い、やはり転職は考えるべきかもしれないと、夜の先を見つめながら自分の今後を考えた。
「なあロベルト、高速道路のあれ、誰だ?」
エミリアの車が見えなくなった後にオリバーは聞いた。ロベルトは足元に寄って来たアレスの背中を撫でながら、わからない、とまず置いた。
「でも、僕かオリバーかエミリアの誰を狙ったかと言えば確実に僕だろうから、同業者かな」
「……殺し屋同士って、仲が悪いのか?」
とは言えオリバーはロベルトの以外の殺し屋を、グレイソンくらいしか知りはしない。雇われた組織や企業が違えば対立することはあるだろう。しかしオリバーから見て、高速道路での強襲は、何かが変だった。
本当にロベルトを狙っていたのかどうか、判断しかねた。
「仲良くもなければ、仲が悪くもない、と僕は思うけど」
ロベルトは話しながら家の方へと歩き始める。
「……僕が依頼を受けている組織は、上層部のメンツがほとんど変わったみたいでね。それに合わせて方針も変わって、そのこと自体はよくある話だけれど……さっき電話でグレイソンに聞いたところによると、相当な数の人員が首を切られたらしい」
「……それって、いいのか?」
「場合によってはね」
二人は家に入り、電気をつけて荷物を下ろす。アレスが買い物袋の匂いを興味深そうに嗅いでいる。
「でも訳もわからず契約を打ち切られた殺し屋が、ただの委託である僕は継続して使われていると知った時に、僕を殺して成り代わろうとする可能性はあるな、というのが今の所の予想かな」
ロベルトは溜め息をついてから一気に話した。オリバーはなんと返せばいいか迷い、自身が車から蹴り出した殺し屋たちを思い出し……
「殺し慣れてそうな奴らじゃなかったから、違う気もする」
感じた通りのことを口にした。ロベルトは少しだけ目を見開き、何かを言いかけたが思い留まり、まだわからない、とだけ伝えた。
現状でわかるのは、自分とオリバー、昔の相棒のグレイソン、伸び代のあるドライバーのエミリアの四人は、契約を継続どころか絶対に辞めさせない方向性になっていること。
言い換えれば少数精鋭の組織に作り替えようとしているということになる。
ロベルトは懸念を一旦飲み込んだ。
そういう組織を作りたがっていた知り合いに心当たりしかなかったが、今はまだ、オリバーにすら何も言えない。
(ラットレース・終)
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