07.おじさん、逃亡する

(逃げるしかねえ……)


 午前6時。ジサンは夜逃げならぬ朝逃げを決意する。


 逃がしたのにキャンピングツールに居座り続けるサラはあどけない顔でスヤスヤと眠っている。


(俺に子育ては無理だ……)


 その寝顔に後ろ髪を引かれつつもジサンの決意は固い。


(しかし逃げるったってどこに……外に行くのは…………駄目だ。まぁ、この迷宮のどこかに逃げれば大丈夫だろ……)


 ジサンはすっかりダンジョンの引きこもりになっていた。


 ダンジョンを出ることに恐怖すら感じていた。


 そのため、アングラ・ナイトの特性”地下帰還”を初めて使用する。


 地下帰還は自己到達の最下層までならどの階層でも自由に移動が可能であった。


 ジサンは適当に30階層へと逃亡を図る。



 ◇



 ジサンはワープするように、一瞬で移動する。


 彼は知らなかったのだが、地下帰還の仕様はその階層の生活施設に到達するのであった。


「あっ……どうもこんにちは!」


「あっ……はい……」


(うわっ…………人がいる……)


 ワープした先には四人の先客がいた。


 それは他のダンジョン攻略プレイヤーであった。


 当たり前と言えば当たり前であるのだが、ジサンは久しぶりに接した普通の人間に驚いていた。


 サラとの会話がなければ、恐らく”はい”という言葉すら発することができなかっただろう。


「ど、どうやって来たんですか!?」


 しかし、驚いていたのはジサンだけでなく相手も同じであった。

 ダンジョンの途中階層への通常移動手段は用意されていないからだ。


「あっ、特性利用です」


「そ、そうですか。便利な特性ですね」


 特性と言えば、大抵のことは納得してもらえるようであった。


「って、あれ? 小嶋くんじゃない?」


 ジサンの心臓が跳ねる。


 勿論、相手も経過した年月の影響は受けている。故に多少の劣化は見られるもののそこには、高校時代、ジサンが人生で唯一、交際した女性……茂木彩香もてぎさいかがいたのだ。


 交際したといってもそう思っていたのはジサンだけで茂木彩香は罰ゲームにより贖罪していただけであったのだが……


 <罰ゲームだよ? ごめんね……でも普通、気づくよね?>


 とは、彼女がジサンの疑心暗鬼な性格をフルバフしてしまった正に魔法の言葉だ。


「あ、あっ……茂木さん……」


「本当に小嶋くんかぁ。久しぶりだね」


「あ、はい……」


 茂木彩香は可愛らしい顔をしていた。流石に40にもなれば可愛らしいというのは失礼かもしれないが、大人の女性になってはいるものの、その面影は残っている。


 高校時代、茂木彩香は黒髪の地味めな印象で、ジサンは密かに憧れていた。


 だが、地味めの女の子というのは、人気だ。茂木彩香は当時、それを理解していたのだ。


 所属していたグループはしっかりクラスの一軍であったというわけだ。


 そんな一軍軍団のささやかな遊びにジサンは全面的に踊らされてしまったというだけの話だ。


「ん……? サイカの知り合いか……?」


 茂木彩香……プレイヤー名:サイカのパーティメンバーが確認する。


「そうそう……えーと、高校時代の……クラスメイト……」


「へぇーー、こんなところで出会うってすごいね」


「そうだねーー」


 サイカはニコリと笑う。


「へぇー、でも小嶋くん、結構いい装備してるねぇ」


「そ、そうですか……」


「うんうん、それで、そのかわいい子が小嶋くんのパーティメンバーかな?」


「えっ!!?」


「…………」


 ジサンはサイカの目線の先、斜め後方を振り返る。


「…………」


 さも当然のように山羊角少女がそこにいて、ニコニコしている。


「お、お前……なぜここに!?」


「……? どういう意味です? マスター」


(どうやって付いてきたのか……この際、手段のことは後回しにするとして、こいつ……根本的に置いていかれたことに気付いていない……!)


「小嶋くんのお子さんかな?」


「え……い、いや……」


「でも……その格好は……」


 どうかと思うよ? 茂木彩香が濁した言葉はきっとコレだろう。


 サラの装いは露出度が高く、児童に好んで着用させているのであれば、それは道徳観の欠如が疑われるのは至極当然であった。


(…………最悪だ)



 ◇



 その後、話を聞くと、茂木彩香は現在、”リリース・リバティ”と呼ばれるクランに所属しているらしい。クランとはプレイヤー同士のコミュニティのようで、クランに所属するプレイヤー同士が協力しあいながらボスの攻略などを行っており、今もその活動中であった。


 ジサンも自身がこれまでパーティを組むこともなく、ずっと一人でプレイをしていたことだけを簡単に伝えた。


 サラについては“さっき会った人”という苦しい説明をする。この状況を上手く誤魔化せるならジサンは人付き合いに苦労したりはしないだろう。


「ねぇ、せっかくだから今日だけ小嶋くんとパーティ組んでもいいかな?」


(え……)


 茂木彩香が自身のパーティメンバーに対して唐突に確認する。


「え? マジか?」


 そのパーティメンバーも少し戸惑うように聞き返す。


「本当に! ねっ、いいでしょ?」


 茂木彩香がウインクする。


「……おーけー」


 パーティメンバーは妙にすんなりと納得する。


(いや、待て……俺の意見は……)


「さ、小嶋くん……行こうよ! 少しこの30階層を探索するだけだからさ……」


「え……?」


「…………本当は私……あの時のこと後悔してるんだ……」


 茂木彩香が耳元で囁くように言う。


(え……? え……?)


 結局、ジサンは押し切られてしまうのであった。



 ◇



「さぁ、出発しましょう!」


「は、はい……」


 茂木彩香の音頭で、ジサンは生活施設からワープし、30階層のダンジョンへ突入する。


「っ!! きゃぁあああああ! ど、ど、ど、ドラゴン!?」


 茂木彩香はダンジョンに着くなり突如、大声を上げる。


 何やらジサンの後方を見つめている。


(ん……? あっっっ!?)


「ガウゥウ」


(ナイーヴ・ドラゴォォォン!!)


 ジサンはサラをボックスに送り帰すためにナイーヴ・ドラゴンを一時的に使役対象にしていたのをすっかり忘れていた。


 生活施設から出たことをきっかけにナイーヴ・ドラゴンが具現化したのだ。


 ナイーヴ・ドラゴンは超大型というわけではないが、それでも体長4メートルと両翼を持っており、ナイーヴ(純粋な)という意味通り、典型的なドラゴンの姿をしており、それなりに風格がある。


「な、な、何でドラゴンがこんなところに!?」


 茂木彩香は恐怖で顔が強張っている。


「ちょっ! おまっ! 何で出て来てん!」


 ジサンは焦って、自身に非のないナイーヴ・ドラゴンに苦言を浴びせてしまう。


「がっ、ガウぅぅ……」


 ナイーヴ・ドラゴンは幾分、しゅんとした鳴き声を発する。


「マスター…………ナイーヴ・ドラゴンは結構ナイーヴ(繊細)です」


「!?」


 まるで自分みたいじゃないか……


 ジサンはナイーヴ・ドラゴンに多少の親近感を感じつつも、茂木彩香にどう言い訳するかに脳内の全勢力を傾ける。


「……安心してください…………彼はポキモンです」


 世界的に有名なモンスター育成ゲーム……ポキポキモンスター。


 大きく間違ってはいないが、言い訳にはなっていなかった。

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