6 笑顔の花

 蝶人形は、人とは違うのだろうか。青い花を心に想像すると、手のひらから本物の青い花が出てくることを発見した。青い花を想像すると……と表現したけれど、やっぱり少し違うかもしれない。願望を叶えたいと思っていると、という方が、きっと正しい。きっとこれは魔女がくれた魔法なのだろう、と私は思った。

 願望のあるところに青い花は出てくる。私はもっと花を眺めていたくて、もっと花を愛でていたくて、いろんな人の夢を知りたいと思いはじめた。

 だから、誰かの願望を見たいと思った。その「誰か」を考えた時に、私が真っ先に思い出したのは、虫取りをしていた男の子だった。男の子に会おうと出かけると、川の近くで見つけた。彼は山羊の守りをしていた。少しだけ、背が伸びた。

虫取りを怖いと思ったのは、私が蝶だったからだ。でも今は……。

 勇気を出して声をかける。

「あの」

ちょうどその時、放し飼いの山羊が、のそのそ歩いてきた。白いヒゲが目に止まるのと同時に、強烈な動物の匂いが鼻に突き刺さる。目が横線なのが、ちょっと怖い。その生き物が、人懐っこく近づいてくる。私は食べられるのではと思って、後ずさりした。

「何ビビってんだよ」

装飾の山羊が人間を食べるはずがない。でも、蝶人形はどうなのだろうと、若干不安になる。それでも、伝えなきゃという思いが、私の体を突き動かした。

「あの……」

「なに?」

男の子は無愛想に聞き返す。

「叶えたいことは……ありませんか」

「なんだ、突然」

「……」

私はどうしたらいいものかわからなかった。男の子は、ふと思い出したように、

「ん、そうだなあ、この前食べた鳥のグリルが、すんごいうまくてさ、忘れられないんだ。もう一回食べたいかな」

と教えてくれた。

願望と言うには、単純な願いなのかもしれない。でも、青い花がいつの間にか私の手に入っている。だからきっと、それが彼の夢なのだろう。

「これ、あげます」

「いらないよ花なんか」

私はムッとして、

「あげます」

と突き出した。

男の子は仕方なさそうに受け取った。すると山羊が男の子の方に近づいてきて、花をくわえた。

「あ……」

一瞬の隙にムシャムシャと食べ始め、食べ終わった後はおいしかった、と言っているみたいにメエエと鳴く。

「うまかったみたいだな」

男の子は腹を抱えて笑った。私はそれを、なんとも言えない気持ちで眺めた。こんなはずでは……。意気消沈して、家に帰る。

でも、次の日、良い知らせが待っていた。本当に夕食で食べれたんだと、男の子が興奮気味に声をかけてきた。

「鳥が三匹手に入ったんだ。すごいよ、どんなおまじないを使ったの」

「願望が叶う、おまじないです」

私はちょっぴり得意げになって返した。

青い花は願望を表す。願望のあるところに、青い花は現れる。そして、不可能を可能にしていく。私は不思議と、そう信じることができた。

「不可能なんて存在しない。青い花が咲くから」

あの魔女の声が聞こえた気がした。

 男の子は、お礼にと言って、山羊のミルクを一杯分くれた。

「お前、大人しい変なやつだって思ってたけど、思ってたよりいいやつだな」

そんな人だと思われていたのか。その一言が余計だ。と私はまた、ムッとしかけた。でも、男の子の嬉しそうな表情を見て、これで良かったかもしれない、と思えた。

「叶えたい夢はありませんか」

私は明るい気持ちになった。気づけば笑顔の花を咲かせていた。笑顔で接すれば、自然と相手も笑顔になる。笑顔で接すれば、自然と相手も笑顔になる。

 だから私は、もっと笑顔が見たいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る