第35話 天才配信者、自覚なし。
自分が天才と言われ始めたのは、アカウントを作ってから。
【歌ってみた】系列の動画に興味があり、必要最低限の機材を購入し、配信サイトに投稿すると、大反響を得た。
正直、ただ歌って動画を上げただけ。
自分の歌を聴いても、何が心に刺さる声なのかはわからない。
というか、自分の声を聞くことに不快感を覚えてしまうほど、自分の声は嫌いだ。
現在のフォロワー40万人のメインアカウントを作ったのが、今から1年前。
【八剣 健斗】として、活動を休止した一週間後だった。
《自分の在り方》に不安を感じ、休憩期間としてとった、活動休止期間。
しかし、それでもインターネットという娯楽だけは手放せず、結局アカウントを作ってしまった。
作った当初から、フォロワーは1万人ほどいて、一部層では人気を集めていた。
しかし、人気になればなるほど、活動に気に食わない人も出てくるのが事実。
一時期は【アンチコメント】に悩まされ、本気で精神的に病んだことがある。
そんな時、俺は夏美と付き合うことになった。
楽しい毎日を送り、なんとなくだった高校生活、青春を謳歌しているようだった。
『オタク無理!』
脳にはあの時の記憶が蘇る。
頭が痛い、思い出したくない。
脳がそう、直接訴えかけているかのように、頭痛が生じた。
もう、考えたくない。
そして、俺は現実逃避した。
★☆★☆★☆★
「あ!そのキーホルダーって健斗くんのじゃん!限定品で昔持ってたんだ〜」
「あ、そうなの?これ、交差点でぶつかった人が持ってて、鞄から落ちたから、拾って届けようとした時にはもういなくてさ。ずっと、持ってるんだよ」
「へぇ〜」
「そういえば、愛実も持ってたよね?」
「もちろん!5個ぐらい持ってる!」
「なぜそんなに、、、」
「その時あるお小遣いを全部使って、買ったから!健斗くん大好きだし(ニヤニヤ)」
「そのニヤニヤやめい」
1年前、天才と呼ばれた彼の現在を知っているのは、母と妹、従兄弟。
つまり、身内だけということだ。
他の誰にも話さない、絶対的な秘密。
そんな秘密を告白してしまったのは、俺もちょっとやりすぎた感があった。
しかし、あの時の顔を見ると、もう一回やってしまうかもしれない。
何もかもが信じられなくなった瞬間の顔。
浮気した罰とでも言っておいた方がいいのか。
「まぁ、今は健斗じゃないんだけどね、、、」
「あ、ごめん」
「ごめんね〜」
俺は別に天才ではない。
俺には才能なんて何もない。
しかし、周りは俺のことを評価し、天才と称賛する。
あのアカウントでは、人と普通に接せない。
【天才】と周りから、崇められてしまう。
「もう、インターネットに居場所ないてないんだよ」
「、、、」
俺は普通に色々な人と仲良くなりたいだけなのに。
贅沢な悩みだということは理解している。
理解しているからこその悩みからかもしれないけど。
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