第2話 助けて、って。
山内先生
お元気ですか。
私が大学を卒業してから1年が経ちました。
この1年、なかなか顔を出す機会ができず、ご連絡することもできなかったご無礼をお許しください。
でも、先生のことですから、現在のゼミ生に対して熱心に教鞭を取られているのでしょうね。その溌剌とした姿はきっと、私が在学中と変わることはないのだと思います。どうぞ、後輩たちにも多くの学びを与えてください。
さて。私はというと。
……つらいです。端的に申し上げて、これ以上ないほどつらいです。
喜び勇んで入った出版社。夢を叶えたつもりでいました。これから私は、作家先生方がヒット作をつくる手伝いをするのだと。むしろ、自分が担当することで大ヒット作は生まれるのだと。そう、自分の能力を過信し、大いなる希望を抱きながら、私は働き始めました。
……でも、でも!蓋を開けてみれば!
本当にしんどい日々です。この1年、自分の不甲斐なさ、恥ずかしさ、情けなさ、能力不足、精神的・肉体的弱さ……それらを感じなかった日は、1日たりとてありません。
自分が自分であるだけで、その事実だけで、吐き気がしてきます。私はなんで私なんでしょうか。なんで、私以外の存在なんじゃないのでしょうか。
こんなはずじゃなかった。私はこんな人じゃないと思ってた。
大学にいたころの私はもっと輝いてた。
能力不足を感じることは多々あれど、こんなに絶望的な感じではなかった。毎日毎日感じるほどの頻度ではなかった。
ここでは、上司によく叱責されたり、ため息をつかれたりします。
それを聞くたびに私のちっぽけなプライド(自尊心と言った方が正しいかもしれません)は傷ついていきます。
自己否定が積もっていって。
そのことによって、私の仕事のパフォーマンスはさらに下がり。悪循環に陥ったりします。
ごめんなさい。こんな私でごめんなさい。
最近は、上司に叱責される度、山内先生の顔が思い浮かびます。先生は、「ちゃんと」私に向き合ってくださった。時に厳しい指導ではありましたが、そこには明確な温かさがあった。そのことがどれだけありがたいことてあったか。今さら、痛いほど実感しております。
さらに言うならば、「学生」という立場がどれほど守られた立場であったかも、日々、ひしひしと実感しております。
そんなことも気づかなかったとは、私は今まで、大変な愚か者でございました。
……すみません。私は、こんなことを書くために手紙を書いていたわけではなかったのに。元気にしております、大変なこともありますが、なんとか頑張ってゆきます、と、それだけを伝えるために書き始めたのに。
だめです。先生の顔を思い浮かべると、どうしても、弱音を吐きたくなってしまって。
「がんばってるな」と言って欲しくなってしまう。
だめです。この手紙は、出しません。
母校にも当分行けそうにないです。
いつか、胸を張って「夢に向かって頑張ってます」と言えるぐらいに立派になるまで。
母校に行けないし、先生にお会いできないし、手紙も出せません。
あと何年かかるかわかりません。5年かも。10年かも。でも、必ず、胸を張って会いにいきます。そのために頑張ります。
……これぐらいのちっぽけなプライド、どうか守らせてください。
……がんばれ、自分……!
……泣きたい……けど、がんばる……。
それでは。
先生、どうか、お元気で。
12年後の先生の退官までには会いにゆきますので……。
さようなら。
山内ゼミ OB
神野仁
出せなかった手紙 ケイキー @keikey
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