第18話 若奥様の特技
「マミさんには、午後は受付の手伝いをしてもらいます」
「はい!」
昼休みを終えて、美澄とマミは美也のいる受付にやってきた。ちなみに栄子は夜に座敷童としての仕事があるため長時間休憩中だ。
美也の言葉にいい返事を返すマミだが、美也の方はなにか懸念材料があるらしい。
「一つ問題がありまして」
「問題?」
「なんすか?」
「マミさん、化粧してないでしょう?」
出会ったときから今まで、マミはすっぴんだった。ギャルっぽい話し方とは裏腹に、化粧はしておらず、日焼けした顔そのままだ。
高校を卒業したばかりの幼さの残る顔が可愛いが、ホテルの受付としてはそれではいけないというのは美也の言い分のようだ。
「普段は化粧しないの?」
「アタイずっとソフトボール部で、化粧とか無縁で。卒業してこれじゃヤバいって百均で揃えたんすけど、出雲行くのに荷物になるからって置いてきたんすよ。……ブッキーなんで化粧得意じゃないんすけどね」
「ぶっきー?」
「不器用ってことっす」
最近の女子高生と接する機会のない美澄と美也が思わず聞き返す。
「マミちゃん全然不器用じゃないよ。ベッドメイキングもとても上手だったし」
「そうですね。手早くて性格でした」
「アタイ、A型なんで!」
「妖怪にも血液型ってあるんだ……」
「あるんですよ」
「じゃあ私が化粧してあげる」
「若奥様が?」
「私元美容部員だから」
「そういえばそうでしたね」
「いいんすか! 嬉しいっす」
「化粧道具取ってくるね」
急いでホテルの事務所と繋がっている自宅へと行って、化粧道具を取ってくる。
誰かに化粧するのは久しぶりだ。何年もそうやってきたのだから、心が躍るのを止められなかった。
美澄は人に化粧をするのが好きだ。
最初は田舎から出て垢抜けていない自分を変えたくて化粧をし出した。馬鹿にされないよう、都会育ちと肩を並べられるよう。でも次第に人が変わっていくのを見るのが好きになって、大学を卒業して美容部員の道に進んだ。専門学校を出た同僚たちよりは周り道をした気がするが、それでも努力して追いついて、デパートの化粧品売場で美容部員をするまでになった。
まさか倒産して、ホテルで働くことになるとは思わなかったが。
「化粧道具取ってきたよ」
「デカいっすね!」
「業務用だから」
ボックス型の化粧道具入れを持って戻ると、マミが驚いた声を上げる。
得意気にそれを開けると、自前で揃えた化粧品たちが顔を覗かせる。太郎坊との結婚式でも、自分で化粧をしたくらいだ。
東京にいるときは、気になった化粧品は買うようにしていた。今は買う場所も使う場所もなくてその趣味はなりを潜めているが。
「じゃあ、座って」
事務所の椅子にマミを座らせて、美澄はコットンと化粧水をボックスから取り出す。
「まずは化粧水ね」
「化粧なんてしてもらったの初めてっす」
「綺麗にしてあげるからね」
コットンにたっぷりの化粧水を含ませて、マミの顔を撫でるようにつけていく。同じように乳液をつけると、今度は化粧下地だ。手の甲に百円玉くらいの大きさを出すと、それをマミの額、頬、鼻、顎につけて伸ばしていく。これはカバー力が凄いと聞いて買ったものだ。
「ファンデの色が私のとは合わないから、試供品でもらったやつあげるわ」
運動するといっても室内で剣道をする美澄と、外で運動していたマミでは肌の色が違う。
試供品でもらって肌の色に合わなかったファンデーションを美澄はコレクションしていた。こんなことがあるとは思わなかったが、役に立つことがあってよかった。
ファンデーションをつけると、それだけで顔が明るくなる。その変化にマミが歓喜の声を上げた。
「すげーっす! ファンデって大事っすね」
「そうよ。でもまだまだ変わるわよ」
「若奥様の化かし力すげぇっす!」
美澄は人間で、人間に化ける必要なんてない。でもこれは別の人間に化けるようなものだ。
「アイライン引くから目つぶって」
目の縁をアイラインで引いていく。それだけで目の大きさが変わっていく。そして美澄が水色のアイシャドウを選んだ。
「マミちゃんにはこの色が似合うと思うんだ」
「若奥様に任せるっす」
「次目を開けたら変わってるよ」
手早くアイシャドウで瞼にグラデーションを作っていく。そのアイシャドウは美澄が若い頃買ったものだ。もう今では年齢に合わないと封印してしまった。それがここで役立つとは、捨てないでよかったと思った。
眉をハサミで整えて、アイブローで書き足す。そうして濃いめのチークを入れると、マミに声をかけた。
「目、開けていいよ」
「はい」
「鏡どうぞ」
マミに鏡を渡してやると、かじり付くようにそこに写る自分をまじまじと見ていた。
「どうかな?」
「すげぇっすよ、若奥様!」
「喜んでくれてよかった。どうかな、美也さん」
「これなら人前に出せますね」
「やったぁ! 接客って憧れだったんすよ」
喜ぶマミに、美澄は美容部員をやっていてよかったと思った。もう二度と人の化粧をすることはないと思っていたのに、分からないものだ。
「若奥様、アタイが成人式するとき、また化粧してくださいよ」
「いいよ」
喜ばれるのは純粋に嬉しい。
ホテルを去る客がお礼を言って行くのも、同じような嬉しさがある。きっと美澄自身そういうことが好きなのだろう。
そう自覚すると、天堂ホテルで働かせてもらってよかったなと思った。
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