第5話 新婚生活は突然に

 目覚まし時計の音で目が覚めると、目の前に太郎坊の端正な顔があった。

 驚いて飛び起きると、太郎坊が笑う。

「美澄さん、毎朝のことなのにそろそろ慣れようよ」

「だって慣れないよ。起きてすぐそこに顔があるの」

「だって美澄さんの寝顔見てたいんだもん」

「そう言われても……」

 起きてすぐ端正な顔の男が目の前にいるというのは、美澄にとっては心臓に悪いことだ。

 たとえそれが夫になった相手だとしても。

 太郎坊のプロポーズを受けて、美澄はそれを了承した。父親同士はそれを喜び、急いでお互いの母親と美澄の弟である航平を呼び、その日は天堂ホテルで宴会をした。

 そこでやっとゆっくりと太郎坊と話すことができたのだが、物腰の柔らかい穏やかな青年というのが第一印象だった。それは結婚する前もした後も変わらず、柴助のお面を割った姿に一目惚れしたといってはばからない姿は、美澄にとっては新鮮なものだった。

 今までの恋人は美澄が社会人になっても剣道をしていると、眉をひそめたものだが、太郎坊はそんなこと言わず、毎朝の日課である素振りを楽しそうに見ている。

 プロポーズから結婚式まで一ヶ月ちょっとで、あっという間だった。

 お付き合いというようなものはほとんどなく、デートだってしたことない。結婚式まで会うのは、結婚式の打ち合わせだけで、それ以外で会うことはなかった。

 結婚式も身内だけのこじんまりとしたものを天堂ホテルでしたのだから、準備もそんなにかからずできた。結婚式に憧れが特になく、こうしたいというリクエストもなかった美澄は、天堂ホテルでできる式で十分だったし、太郎坊の母親であり義母にあたる櫻子が着たという白無垢と色打ち掛けで満足だった。

 ただ一つだけ、太郎坊のリクエストで町の写真館でウエディングドレス姿を撮ってもらった。

 その写真はお互いのスマートフォンの待ち受けになっている。

「美澄さん、今日も素振りするの?」

「もちろん」

「そういう日課っていいなぁ」

「太郎さんもやる?」

「ううん。僕は美澄さんを見ていたい」

「やりずらいなぁ」

 洗面所でお互い顔を洗って、美澄は胴着に着替え、太郎坊はパジャマのままだ。

 そうして庭に出て、美澄が素振りをするのを太郎坊が見ている、というのが結婚してから一週間、毎朝の日課になっている。

「……97、98、99、100」

 毎朝の素振りは100回と決めている。試合で勝ちたいと意気込んでいた学生の頃はもっとやっていたが、社会人になったらそんな時間もとれず、100回というキリのいい数にしている。

「お疲れさま、美澄さんは今日も素敵だよ」

「ありがとう」

 素振りが終われば着替えだ。

 この季節は素振りをしても汗をかくこともなく、寒くて凍えることもなく、ちょうどいい。

 夏になればシャワーを浴びなくてはいけなくて、もう少し早く起きなくてはいけないなと思っている。

 太郎坊がスーツ、美澄がホテルの制服に着替えると、2人でリビングダイニングに行く。

 もう少ししたら二世帯住宅に改築しようかという話しも出ているが、義両親との生活も悪くはないと美澄は思っていた。

 雷鳴坊も櫻子もホテルの仕事をしているため、家で出会うのは朝食のときくらいだ。忙しくて夕飯は別々だし、昼食はホテルの社員食堂を利用するから、ゆっくり話すことも少ない。

 特にこちらの生活に干渉することもないし、嫁姑問題もないので、美澄の中でこの新婚生活に不自由はなかった。

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