第2話 お見合いは突然決まるもの

「次は天堂ホテル前、天堂ホテル前」

 海の傍にある天狗山と呼ばれる山の裾野が見えた頃、そうアナウンスがあった。降車ボタンを押して、バスが停まる。

 降りるのは美澄だけだった。

 天堂ホテルに来るのは初めてだ。

 自宅が同じ町にあるのに泊まりにくるわけもなく、ただその存在を知っているというだけだ。

 駐車場を抜けて、エントランスに行く。父親がどこにいるかは分からないが、電話すれば大丈夫だろう。宿泊客と間違えられないかと緊張しながら、ホテルの入り口に行くと、背の高い男性ドアマンが迎え入れてくれた。

「いらっしゃいませ」

「あ、どうも……」

 旅行鞄ではなく竹刀を持っている自分を不思議に思わないなどと思いながら、ドアマンの白い手袋が招くままに中に入る。

 ロビーがあって真ん中に噴水がある。

 左手側には受付があって、右手側にはラウンジがあった。そして正面はガラス張りになっていて、日本海が見えるようになっている。

「美澄!」

 さて父親を捜そうかと思っていると、すぐに目的の人物から声がかかった。声のする方を見ると、ラウンジの中からこちらに手を振っている父親が見える。

 ラウンジに入ると、父親と同じくらいの男性が向かいに座っているのが見えた。

 おそらくそれが天狗様なのだろう。天堂ホテルと書いた法被が見える。

「お待たせ」

「思ったより早かったな。航平に送ってもらったのか?」

 その手があったかと思いながら、美澄は首を振る。

「ううん。バスで来た。ちょうどいい時間のがあったから」

「家には帰らなかったのか? そんな竹刀持って」

「だってお父さんが早く来いって言うから」

「そうそう、天狗様、うちの厄年娘の美澄です」

「はじめまして。佐伯美澄です」

 厄年という枕詞はいるのだろうかと少しばかり腹を立てても、実際そうなのだから仕方がない。父親の向かいに悠然と座る男性は、すこしばかり鼻の大きいのが特徴のごく普通の壮年男性に見えた。

「美澄、天狗様だ」

「はじめまして。天堂雷鳴坊と申す」

 よく通る芯の強い低い声が、お腹に響く。

 見かけは父親と同じくらいの年齢なはずなのに、絶対にもっと生きているという感覚を美澄は感じた。

「このたびはお世話になります」

「なんの。しかし剣道とは勇ましいお嬢様だ」

「いえいえ、もう負けず嫌いの勝ち気な性格で」

「ちょっとお父さん」

「いいではないですか。昨今の女性はそれくらいがちょうどいい」

 がははと笑う雷鳴坊に、美澄は愛想笑いをするしかない。

「稽古のあとならのどが渇いているでしょう? アイスコーヒーでもお持ちしましょう」

「ありがとうございます」

「美也」

「はい。雷鳴坊様」

 雷鳴坊がちょうどロビーを歩いていた女性に声をかける。そうすると女性の首が伸びて、頭だけが雷鳴坊の傍に来た。

「アイスコーヒーをこちらのお嬢さんに頼む」

「はい」

 美也と呼ばれた女性は小さく肯くと、首を元の長さに戻して歩いていった。

 ぽかんとしている美澄に雷鳴坊が笑う。

「美也はろくろ首なんです。古参のスタッフで働き者ですよ」

「そうなんですか」

「妖怪を見るのは初めてですか」

「は、はい」

「この町には妖怪が多い。そしてこのホテルの従業員はほとんどが妖怪です」

 周りの客は今のろくろ首に驚いたりしないのだろうかと思って周りを見回したが、誰もこちらを見ず談笑したり、コーヒーを飲んだりしていた。

「客もほとんどが妖怪ですよ」

「ここにいる人たち全員ですか?」

「人間のお客様もいますが、ほとんどが妖怪ですね。出雲に向かう妖怪たちの立ち寄りホテルになっています」

「出雲にはなにをしにいくんですか?」

「神様に霊力を分けてもらうんですよ。人間に化けて、人間社会の中で暮らしていくために」

「そうなんですか……」

「最近の子は妖怪について詳しくないもんで」

 申し訳なさそうに父親が口を挟む。それを笑いながら雷鳴坊が制した。

「なんのなんの。そういう時代なのでしょう。うちの息子も大学は東京に行きましたけぇの」

「はぁーそうですか」

 雷鳴坊と父親のやりとりを聞きながら、天狗の息子はやはり天狗なのだろうかとぼうっと考えていると、美澄はなぜここに呼ばれたのかを思い出した。

 理由も聞かされず来いと言われたのだ。

 なにか理由があるはずだ。

「ねぇ、父さん。なんで私のこと呼んだの?」

 そう聞くと思い出したように、父親と雷鳴坊は顔を合わせた。

「そうやったそうやった」

「いや、すっかり忘れてましたな」

「美澄、お見合いをするぞ」

「は?」

 それは突然降って沸いた話だ。

 

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