始業式 ~ 生徒会室、二人きり。
和希
前編
「あんまりよ……。もう信じられない……」
美優が肩を震わせ、今にも泣き出しそうな声でうめく。
放課後。二人きりの生徒会室。
窓から射しこむうららかな春の日差しとは対照的に、となりに座る美優は絶望的なほど暗く沈んでいて。
さすがに悪いことをしたかな、と今さらながらに思い直す。
「だから、ごめんって。謝るからさ。もう機嫌直して」
「絶対許さない」
「ええー」
どうやら、よほどお怒りらしい。
素直に謝っても駄目らしいので、今度は違う手でいってみる。
「美優は笑っている時のほうが可愛いよ。ほら、笑って」
「別に可愛くなんてないし」
美優は頬を膨らませ、不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。
参ったな。取りつく島がない。
「……どうして黙っていたの?」
「え?」
「瑠香はいつもそう。大事なことをちゃんと私に伝えてくれない。去年の文化祭の打ち上げの時もそうだった。瑠香が急にドタキャンしたの、教えてもらえなかったし。あの時私がどれほど寂しい思いをしたか、瑠香に分かる?」
「あー。そんなこともあったような」
「ちゃんと反省してる? 瑠香のことは何でも私に報告すること。いい? 報連相よ、報・連・相」
「ほうれん草?」
「報告・連絡・相談のこと。よく言うでしょう?」
「言わないよ」
「言うの。瑠香が知らないだけで、世間ではね」
美優が呆れたように私をさとす。
それにしても、今日の美優の落胆ぶりといったら、ない。まるで雨に打たれた子犬みたいにしょげかえっていて、見ているだけで胸がつまる。
もちろん、彼女をこうも落ちこませてしまった原因は、この私だ。
でも、私だっていろいろ悩んだ上で、最善の選択をしたつもりなわけで。なにも美優を困らせたくて、そうしたわけじゃない。
「はあ……。始業式からこんなひどい仕打ちを受けるとは思わなかったわ」
美優はついに姿勢を崩し、長テーブルに突っ伏してしまった。
私も真似して突っ伏し、顔だけ美優のほうに向ける。
「新しいクラス、どうだった?」
軽い調子で同意を求めたら、美優にすごい目で睨まれてしまった。
あれ? もしかして、地雷踏んだ?
「おかげさまで最悪よ。いったい誰のせいだと思う?」
「えーと、もしかして、私?」
美優の恨みがましい声に気圧されて、誘導尋問にでもかかったかのように罪を白状させられる。
「そうよ、悪いのはみんな瑠香。私は今年も瑠香と同じクラスになれるって信じて疑っていなかった。今朝、昇降口で新しいクラス表を見るまではね」
「神様もひどいことをするよね。私たちを引き裂くなんて」
「ひどいのは神様じゃなくて、瑠香、あなたよ。……どうして特進クラス辞めちゃったの?」
美優がついに核心に踏みこんできた。
私たちが通う女子高には、一般クラスに混ざって特進クラスがわずかに存在する。
まだ一年生だった去年、私と美優は同じ特進クラスに在籍していた。
けれども、二年生となった今年は違う。
優等生の美優は文句なく特進クラス。けれども、私は一般クラスへと移されたのだ。
「もしかして、私のこと、嫌いになっちゃった? 私がいつも瑠香に付きまとうから……。私、愛想尽かされちゃったのかな」
目にうっすら涙をうかべ、独り言のようにつぶやく瑠香。
「違うから。美優のこと愛してるって」
「じゃあ、なんで特進クラスに来なかったの? 私と同じじゃ嫌だった?」
「だから、行かなかったんじゃなくて、行けなかったんだって。頭悪くて」
「嘘ばっかり。この前の期末試験だって、瑠香の名前、貼り出されていたじゃない。瑠香の成績なら問題なく特進クラスにいられたでしょう?」
うちの高校には、定期試験のたびに成績上位者の名前を貼り出すしきたりがある。おかげで私の成績は美優にすっかり筒抜けだ。
私はついに観念し、真相を打ち明けた。
「実は、私からお願いして辞退させてもらったんだ。特進クラス」
「だと思った。でも、どうして? せっかく上のクラスに行けるのに」
「去年過ごしてみて、なんか違う、って思ったから」
「何がどう違うの?」
「上手く言えないけど、なんとなく、私が私でなくなる、みたいな?」
「なにそれ。瑠香はどこにいたって瑠香でしょう?」
「たしかに、それはそうなんだけど」
美優の正論を前にして、私は苦笑した。我ながら歯切れが悪い自覚がある。
「せめて、それならそうと、事前に私に教えてくれたっていいじゃない。瑠香が本当に私を愛しているのなら」
「私が辞めるって言ったら、美優まで辞めるって言い出しそうな気がしたから」
「当然よ。どうして私一人があの過酷な環境に耐えなきゃいけないわけ? 私は瑠香がいたから頑張れた。どんなに苦しくても、瑠香が一緒だったから乗り越えられた……。去年一年間、私が瑠香にどれだけ励まされてきたと思う? 瑠香は私の太陽。瑠香がいない教室なんて、太陽のない常闇の世界と同じだわ」
美優はそう言うと両手で顔をおおい、ついに泣きはじめてしまった。
気まずい空気が辺りをただよう。
私は窓の外に広がる遠い青空へと目を移し、しみじみと声をもらした。
「愛されているね、私」
「そうよ。私は瑠香を愛してる。瑠香が思うずっと何倍もね。私が男の人だったら、とっくに瑠香に告白してる」
「うん。ありがと」
「……瑠香さえその気になってくれるなら、今ここで告白してあげてもいいけど?」
「その気って?」
「瑠香に私と付き合う気があるならってこと。瑠香、私に告白されたい?」
美優の真剣な眼差しが、潤んだ瞳が、意志の固そうな唇が、彼女の本気度を雄弁に物語っている。
けれども、私は何も答えることができなくて――。
やがて、美優は気の利いたジョークの一つも思いつかない私に微笑みかけ、
「冗談よ」
と、寂しそうな優しい声で告げたのだった。
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