第25話 7月19日(月)
「僕が花宮さんを?!」
「多少話しかける程度でいい。適当におしゃべりするんだよ」
「そんなっ」
無茶だ。と悲鳴を上げる僕に、我妻は嗤う。
「今、花宮美由は過去の暴露に意気消沈し、屋上で憂いている。そこにお前が声をかける。『どうしたの?話でも聞こうか?』なんて」
「そんなことしたら!」
抜け駆けを狙ったものとして、ファンクラブに情報が拡散されて、僕はきっと……。
怒り狂いあの手この手で排斥しようとするファンクラブ員たちを想像し、僕は身震いした。
「そう、君は花宮ファンに目の敵にされる。それこそが狙いだ。花宮ファンの睨みつけを分散させ、私が動きやすくするために、ぜひスケープゴートとなってくれ」
「でもっ」
「安心しろ。目星はついている。適当な飲み物も応援団のやつに用意させた。小一時間でいい。その間に手に入れてやるさ。私の潔白と、真の暴露犯の尻尾を」
「あぁ、うぅぅっ」
花宮さんは、騒ぎ立てられることを嫌っている。
けれど、今、暴露犯として我妻はあることないことを書き立てられている。
もしも、僕が花宮さんの意識を逸らしている間に、隠密に情報を手に入れることができれば。
我妻の捜査能力・情報網はよく知っている。事を荒立てる前に真相は判明するだろう。そして我妻の疑いを晴らすことに。
僕は腹をくくるしかなかった。
そして屋上。
「あ、おいしい」
アイスコーヒーに口をつけた花宮さんは、ふっ、と口元をほころばせる。
「ぁっあっ、えっと、シナモン、と、ミルクに、えっと、シロップを入れたんだ。その、口にあえば」
視線があっちらこっちらに飛び、僕は目が回ってしまいそうだ。
屋上に入った直後、感じていた射殺すような視線も、緊張で今は感じられない。
我妻は応援団をパシリにし、母がよく作ってくれたシナモンを入れたコーヒー牛乳(カフェオレとも呼ぶ)をまねたものを持ってこさせた。なぜ母の味を知っているのだ。怖い。
とはいえ、慣れた味付け。しかし今日はめっきり味が分からないが。
「シナモン?コーヒーにも合うんだね、初めてしった」
ふふ、と笑う花宮さんは天使みたいだ。
それだけで、僕は生きていてよかったと思える。
「怪我、大丈夫?」
「あ、大丈夫だよ!」
「あのとき、私も近くにいたのに……」
「き、気にする必要ないって、僕が気を付けてなかっただけだもん」
「そっか、ありがとう」
花宮さんの表情はほころぶ。
「へへ、笑ってくれてよかった。落ち込んでたみたいだったから」
「今朝からちょっと、ね」
「花宮さんは!悪くないよ!」
「知ってたんだ」
「あ」
失敗した。暴露について知らないふりをしていればよかったのに。
「……私、中学時代はデブでブスで、いじめられてたの」
「そんな時代が」
「でも、高校は楽しく過ごしたいと思って、頑張ったんだけど……やっぱり、昔の私がお似合いってことなのかな……」
うつむいた花宮さん。
「そんなことないよ!」
僕は力いっぱい否定した。
「は、花宮さんは、今が一番輝いてる。花宮さんの今は、花宮さんの努力で成し遂げたんだ。それを、誰も否定できないよ!」
目を丸くする花宮さん。ブドウの粒みたいな黒目が、魅力的だった。
それに誘われるように僕は口を滑らせる。
「あのね、僕、中学時代の花宮さんのこと、知ってるんだ」
花宮さんは二つとなりの市にある中学出身だ。けれど、中学時代の僕は毎朝、花宮さんを見ていた。
「花宮さん、ランニングのためにこっちのほうまで走ってたよね」
恐らく知り合いにばったり、なんてことを避けるため。
中学時代の花宮さんは人目を忍びながらも、一生懸命自身を磨いてきた。
そして今も。
「僕ね、勉強も運動も苦手なんだ。でもね、花宮さんの、毎日ランニングをする姿を見て、僕も頑張りたいなって思ったんだ」
当時の、中学時代の自分を思い出す。
自分のこともままならず、けれど家には祖父母と妹もいて、母に迷惑もかけられなくて。下手に引きこもることもできなくて。
勉強も運動も頑張らなければいけないのに、何をどうすればいいのか分からなかった日々。
けれど毎日、花宮さんは走っていた。その姿を僕は知っている。その姿を僕はずっと見てきた。
僕の姿を重ねて。
「だから今の僕は、三浦高校に入れたし、妹を抱っこしたりもできるんだ」
へへ、と僕はへたっぴに笑う。
本当は、心に秘めておきたかったこと。だって、こんなの聞かされたって、花宮さん困るだろ?
でも、今、花宮さんがきっと隠しておきたかったことが暴露されている。花宮さんが誰にも知られたくないことが、僕らに一方的に明かされてしまっている。
だったら、僕の秘密を明かすことが筋ではなかろうか。花宮さんのそれと、僕の秘密なんて釣り合わないだろうけど。
「そっか……」
花宮さんはうつむいている。
「あ、ご、ごめ」
こんなの言われても、迷惑だよね。
慌てた僕。
同時に、ふわりとした感触。
「ありがとうっ」
「ふぁっ」
花の香りが強い。
右肩になにか寄りかかっている。温かい、これは……花宮さん?!
「中田くんが、そういってくれるなんて、私うれしいっ」
花宮さんの手がぎゅっ、と僕の制服を掴み、肩に顔をうずめる。すこしずつ湿った感触が伝わる。
まさか、まさか、まさか!
花宮さんが、僕によりかかり泣いている?!
花宮さんが?
花宮さんが?!!
花宮さんが!!!!
僕の脳はショートし、岩のように固まったまま、花宮さんの香りと体温と体重を感じていた。
ファンクラブではいったいどのように情報が回っているだろうか。
だがいい。花宮さんが元気になるなら。
僕の人生絶頂が再び到来した。
ああ、今、ここで死んでも。
「いいわけがねえだろ!!!!」
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