5章 親愛証明
第24話 7月19日(月)
休み明け。
僕は慣れない松葉づえで教室に入る。
登校のため母には車で送ると言われたが、これ以上迷惑はかけられない。丁寧に断った。
土曜日。僕はデパートの階段で落下した。
すぐ近くに僕を探しに来ていた桐乃に発見され、大事には至らなかった。しかも我妻が救急車を呼んでいたらしい。
その上、小野や加納さん、神崎団長はじめとする応援団の人たちも集まって当時は大騒ぎだったそうだ。
僕は気絶していてまったく記憶にないが。
その後、精密検査で入院するはめとなり、せっかくの日曜日を潰す結果となった。
結局のところ怪我は足の骨折のみだったが。
片足をギプスで固定し、牛歩の歩みで登校した。直射日光を浴びせられた上に、使わない筋肉を酷使してしまった。だらだらかいた汗を拭く。
教室についたころは、すでにホームルーム直前だった。
今日は終業式。ほとんどの生徒が教室で時間を潰している。
見るからに大けがで登校した僕だが、好機な視線はなかった。
僕なんかに興味などないだろう、と思っていたが、そうではない。みんな別のことに集中しているらしい。
ちらりと盗み見た彼らのスマホ。その画面。
僕は目を見開いた。
『学校のアイドル。花宮美由、真の姿』
そのような文章と共に添付された画像。それはある女子中学生の顔写真だった。
その、しもぶくれの頬にばさばさの髪、ニキビで荒れた肌、正面写真でもわかる猫背。
お世辞にもかわいいとは言えない、その女子中学生。
しかしその目元から、彼女が花宮さんの過去の姿であると僕にはわかってしまう。
というか花宮さんの小学校、中学校時代の姿くらい知っているが。
「こんなブスだったのかよ!」
「整形とかないわー」
「だましてたってことか」
「学園のアイドルwww」
クラス中から好きかってな言葉が飛び交う。
いや、クラスだけじゃない。学校中だ。
たまらず反論しようとした僕を止めたのは、携帯の通知音だった。
メッセージに表示された名前。我妻だ。
こんなときに。
僕は苛立ちながら、指定された場所に急いで歩く。どこまでも、松葉づえが煩わしかった。
「調査のことだけど」
「いまそれどころじゃないんだよ」
図書室。僕を呼び出し調査の進退を話そうとした我妻。
一方の僕の声は、いらだちを隠せていない。
「ああ、花宮美由の暴露話のこと?」
我妻は相変わらず、事件の被害者である花宮さんには興味がなさそうだ。
「正直、『で?』って感じなんだよね。過去のことを引っ張り出されても。人の噂も七十五日。夏休み明けには忘れるって」
先週は加納さんに小野。そして今回は花宮さん。
僕らの周りには情報が溢れている。ただでさえ情報の奔流にさらされている高校生。昨日の噂は今日忘れているし、今日の噂は明日忘れている。
気にするのもバカらしい。と我妻の乾いた笑い声が響く。
だが、僕は我慢ならない。
「時間が解決するとか、無視すればいいとか、そういう言葉は一番嫌いだ。今、きっと花宮さんは悩んでいる。だから、今悩んでいる花宮さんを助けるには、今しかないんだ」
「ふぅん」
「うっ」
我妻の顔がすぐ目の前にあった。その目は好奇心に爛々と輝いている。
後ずさりする。しかし後ろは本棚だ。
進退きわまった僕の首に、逃がさないとばかりに我妻の両腕が絡む。
「いい言葉を聞いたよ。やはり君は観察のしがいがある」
「なっ」
相手の吐いた息を吸いこんでしまいそうなほど近い距離。心臓の動悸が乱れる。
僕の心には花宮さんしかいないはず。だのに無理やり目の前に我妻が乱入してくる。僕をかき乱される。
「ふふ、そんなお前だから、話の続きをしてやろう」
「っつ……話って……?」
「花宮美由、暴露の犯人として私の名前が上がっている」
見せられたのはLINEのグループ。
「なに、これ?」
「これが私」
と男性の名前のアカウントを指す。
「情報収集のために架空の生徒に成りすましている。このグループは、いわゆる花宮美由のファンクラブ。君は参加していないようだが」
「そういうの……知らないし……」
僕は人とかかわりがないため、当然、そんなグループが存在していることも知らなかった。
「まあいい。このグループで話題になっているのが、暴露犯、私だ」
「え?!」
図書室にもかかわらず、僕は声を上げてしまった。幸い今はホームルーム中だ。司書もいない。
とにかく、連なっているトークを目で追う。
始まりは昨晩の12時。花宮さんの暴露写真が出回る。
しかし写真そのものには批判的な反応はない。皆、中学から高校へかけての、花宮さんの努力を称賛している。
動きが変わったのは10分後。一人が花宮さんを貶める暴露犯を非難し始めた。そこから暴露犯への暴言や、暴露犯特定の動きにシフトする。
そして5時間後の朝五時。
とうとう暴露の犯人として、我妻梶の名前が上がった。
「今朝がたも花宮ファンたちの監視の目が厳しくてね。ようやくここにたどり着けたわけだ」
「そんな。だってこんな、こんなわけないだろ……」
「やはり君は、私を信じるのかい?」
目を細める我妻に、僕はこくこく、と首を縦に振る。
当然だ。そもそも我妻がこのようなことをする理由が浮かばない。
「私としては疑われようが何されようがいいんだがね」
だが、肩をすくめる我妻。
「しかし、このような状況だ。表立って『リコーダーペロペロ事件』の調査はできない、ということ今日は伝えたかった」
「なにされてもって……」
「今まででも変人扱いされてきた。多少疑われた程度。しかもごく一部の人間に、目の敵にされても私の人生に支障はないさ」
「でも」
「私を理解しているのは私。さすがに君に指摘される覚えはないし。私も、花宮美由も、は欲張りだよ中田風太くん」
確かに、花宮さんの『リコーダーペロペロ事件』と、我妻の暴露犯疑惑、その両方を今解決しようとすることは不可能だ。
「それでも……」
けれど、僕は胃の腑からにじみ出る苦い味に、眉間にしわを寄せた。
「僕は、少なくとも我妻を犯人扱いするやつらよりは、我妻のことを知っているよ。だから、我妻が不当な疑いをされていることにだって、僕は我慢ならない」
我慢ならなくとも、何ができるかはわからないが。
けれど。
「僕だけじゃ、力不足だけど。今なら事情を話せばきっと、小野くんや、他にもたくさんの人が協力してくれるはずだ」
いじめられていたころの、我妻と出会う前の、何もできなかったころとは違う。
小野。神崎団長。応援団の団員。もしかしたら加納さんも。あとは乾。桐乃は巻き込めないが。
とりあえず、今の僕らには、協力してくれる人たちがたくさんいる。たぶん。おそらく。きっと。
「ははははははっ」
歯肉を見せて、我妻は楽しそうに笑った。
その笑い声に、僕はびくりと跳ねる。
「そうかそうかそうか」
我妻は、僕の心臓の音、もう気づいているんじゃないだろうか。
様々な感情からくる、緊張でうるさい心臓音。
それをなだめるように、ぽんぽんと僕の肩を軽くたたく。
「君らしい。じゃぁ、せっかくだ。手を貸してもらおう」
我妻は嗤った。
「は、はは、は、花宮っさんっ!」
僕は口から心臓が飛び出そうなほど緊張しながら、彼女の背中に声をかけた。
太陽照り付ける屋上。
数個のベンチ。僅かな日陰。
振り返るその姿。見返り美人にも劣らぬ輝かしさに目が潰れそうだ。いや、もう潰れてるかもしれない。
僕はぎゅっ、と目を閉じながら、紙袋、その中のアイスコーヒーを差し出す。
「い、いっしょに、お茶っ、しません、かっ?!」
風に乗って鼻をくすぐる、花の香りを感じながら、僕は我妻を恨んだ。
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