第20話 7月17日(土)

「中田くんだと、これ、使いやすいと思うよ」

「う、うんっ」

 花宮さんの言葉に、僕は沸騰した脳で返事をする。

 僕らは本屋のある七階に来ていた。

 そこには楽器を扱う店もある。

 桐乃は本屋に預けた。

 ついでにリコーダーを新調したいという僕に、花宮さんは丁寧に教えてくれた。

 三浦学園では、たいていこの店で楽器類を購入する。個人で用意するリコーダーなどもこの店で扱う。

 僕も入学時はここでリコーダーを購入した。さすがにその時は、種類まで考えなかった。適当に一番安いものを購入し、ついでにイニシャルを印字してもらった程度だ。

 花宮さんが教えてくれたメーカーを僕はしげしげと眺める。

「やっぱり詳しいんだね」

「うん、最近買い換えたばっかりだから」

「あ、ごめん、そういう意味じゃなくって……吹奏楽だから……」

「あはは、気にしなくていいよ」

「でも……」

「ああいうの、私も気にしていないもん。もう過ぎたことだし。今はなにもないし。リコーダーの代金だって、学校側が立て替えてくれたから」

「……そっか」

「むしろ、変に気にされる方が、嫌、かな」

 わずかに瞼を伏せる花宮さん。

 僕はドキリとした。

 今まで『リコーダーペロペロ事件』を調べる中で(まともな調査はできていないが)、花宮さんのためと言ったが、花宮さんのことは考えていなかった。

 花宮さんが真犯人を求めているのか。花宮さんは真犯人をしってどんな表情をするのか。そんなことも。

 なんてことだ。僕は花宮さんの気持ちをなにも考えずに、花宮さんのためと謳って行動していた。

 独りよがりで、僕は『リコーダーペロペロ事件』の犯人と同じではないか。


「花宮さ」

「ちょっと隠れて」

「わ」

 花宮さんに押され、僕は柱の影に詰め込まれる。

 目の前に、花宮さんの顔があった。ドキドキ。花宮さんと接触している。僕の心臓は張り裂けそうに激しく動機する。

 寒いくらいに冷房が効いたデパート。なのに僕の体はゆだったように熱かった。

「花宮さん、なにをっ?」

 香りが近い。ここが天国か。

「シッ、小野くんと加納さんがいるの」

「え?」

 きょとんとして僕は柱の影から少し覗く。

 そこには、一緒に楽器を眺める加納さんと小野くんがいた。

「部活の打ち合わせかな?」

「違うでしょ」

「え、じゃあ」

「デートだよ、デート」

「ええ?!」

 加納さんと小野くんがそんな仲だなんて。

「静かに、ばれちゃだめだよ」

「そうだ。隠れていろ」


「……ん?」

 至近距離での男の声に、僕らは見上げる。

「小野を見守るのも、俺たちの役目だ」

「かかかっかんざっ」

「神崎団長?!」

「静かに!」

 神崎団長は柱の影に僕らと一緒に隠れる。体格がいいため窮屈そうだ。

 きょろきょろと周りを見やれば、神崎団長だけでない。こそこそと応援団の団員が様子をうかがっている。

 応援団は暇なのか。というか小野は気づかないのか。

 僕は小野と加納さんの様子を見る。

 商品を取ろうと当たった手に、二人は顔を赤くしていた。……これは、気づかないか。

 というか本格的にデートだ。これは。

「ぅうっ、小野よ、ようやく春が」

「あー……よかったですね」

「祝福してくれるか、中田くん。あいつは昔は素行が悪かったが根はまじめな奴なのだ。しかし過去の行いから勘違いされることも多い。昨日も加納さんのためとはいえ流した小野の悪評を、信じたものも多い。だが雨降って地固まるとはこのこと。小野には加納さんという素晴らしい女性が寄り添ってくれている。こんなにも素晴らしいことはない。ああ、小野よ応援団一同お前の恋路を支えるぞ」

 ながかったので僕は花宮さんのよこがおをながめた。かわいくてきれいだなぁ。


 あ、そうだ。

「これ、この前助けていただいたお礼です」

「おお、そんな」

 さっき買ったあられを渡そうとする。

「礼なんて申し訳ない。俺たちは『リコーダーペロペロ事件』捜査隊に協力し」

「あ、いやそういうのいいんで、受け取ってください」

 僕は花宮さんに聞かれまいと無理やり神崎団長に握らせた。

「ああ、そんな……は!!」

 断ろうとした神崎団長は、しかし目を見開く。

「小野を見失った!」

「え?」

 なんと長々とやり取りをしているうちに、小野と加納さんを見失ってしまったらしい。

 二人がいた場所は無人。もう誰もいない。

 神崎団長は応援団に指示を出す。

「探せ!追え!」

 もう見守るとかじゃなくないか。というか応援団全員で見失ったのか。


 僕は無関係を装いフェードアウトしようとする。

「何してるの。中田くん」

「あ」

 だが再び花宮さんに手を取られた。僕は顔が真っ赤になる。

「な、なんで?」

「行こ!楽しそうじゃん!」

 花宮さんに引かれるがまま、僕らはデパートを駆けた。

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