第5話 7月12日(月)
「で、神崎と小野を敵に回しちゃったから、死なないためにも証言がほしいな~、って思うんだ。私は」
吹奏楽部。音楽室。
「はぁ……?」
一人楽器を片付けていたおさげの少女、
「ごめん、加納さん。でもなにか証拠を掴めないと僕らの命が危ういんだ」
主に我妻のせいで。
僕は正座をしへりくだって頭を下げた。土下座だ。
「や、やめてください、そういうの。大変な事情があることはわかりましたから!」
加納さんは慌てて僕を立たせる。
加納さんは吹奏楽部のエース。部長ではないが、その実力はピカイチ。かつては花宮さんとエースの座を争ったほどの能力だ。僕も演奏を聞いたことがあるが、確かにその能力は、音楽の造詣が浅くとも心を射止められる。
僕は花宮さんのほうが好きだけど。
加納さんとはクラスが異なるが、ときどきしゃべる程度の仲だ。見知らぬわけでもなく、かといって、特別親しくもない程度だが。
加納さんは、朝夕の練習が厳しい吹奏楽部の中でも、7時前に登校している。事件当時学校内にいた人物の一人だ。そのため、『リコーダーペロペロ事件』当日の様子をなにか知っているかもしれない。
探るにはうってつけの人だと、我妻に紹介したところ、このように音楽室へと直行することになった。
「えっと」
きちんきちんと列を楽器を撫でながら、加納さんは二週間前の朝を思い出す。左右対称なおさげが揺れた。
「あの日は……練習に集中していたので、不審な人は見ていないと思いますが……」
「じゃあ、7時までにどんな生徒が登校していたかな?」
我妻の質問に、加納さんはうーん、と口元に手を当てる。
「いつもの人ばっかりだったし……」
早朝となれば、出入りするのは決まった人ばかりだ。僕もその決まったメンバーの一人だろう。
「あ、でも」
加納さんは思い出した。
「花宮さんが登校していました。たしか、7時前じゃなかったかな……」
「花宮?」
我妻は手帳をめくる。ほぼ白紙のページにメモを取っていた。
そのページの端には、花宮美由と記載されている。どうやら我妻はあまり花宮さんには興味がないらしい。
「中田くん。花宮美由の当日の動きはどのようなものだった?」
「えっと……花宮さんはあの日は四限から出席してたよ。事件のことを知って、体調が悪くなって保健室で休んでたんだ」
「体調不良はよくあること?」
「うん花宮さんは昔から病弱ででも肺活量は多いから吹奏楽部に小学校から所属してるんだ昔はラッパを吹いてもぜんぜん音が出なかったけど今は加納さんとエースの座を争うぐらいの腕でもちろん花宮さんは道具の手入れもまめで練習前後には必ず」
「ああうん、もういいよ」
我妻に遮られてしまったため僕は口を閉じた。
なぜか加納さんが汚物を見るような目で見てくる。
「1を聞いて10を返す必要はないからね」
「我妻が聞いたんだろ?ところで加納さん」
僕はもう少し話をと思った。しかしどうしてか加納さんは音楽室の出口に向かっている。
「あ、加納さん」
加納さんは僕と目を合わせない。
「あの、私これから部活のミーティングがあるので……」
加納さんはもう半分ほど音楽室から出ている。
「え、あ、ありがとうね」
僕が感謝を述べるも間に合わず、加納さんはそそくさと音楽室を出ていった。
出ていく際に、キモ、と聞こえたのは幻聴だと、思いたい。
けれど我妻からまるで慰められるように肩を叩かれた。
今なら爪を齧っても怒られないと思う。
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