第2話 7月12日(月)
「中田風太」
学園への通学路から少し離れた、住宅街にある公園。
何度か遊びに来たことがある。けれど今は平日の昼。子供たちも学業にいそしむ時間帯だ。人気はない。
見通しのいい公園は、殺人的な太陽の熱を遮ることなく、蝉の合唱と共に夏を感じることができる。
そんな陽光に焼かれた滑り台の上。
我妻梶は、公園にふらふらと立ち入った僕を見下ろしていた。
「事件は起こしたが、いじめに耐えられる精神は持ち合わせてなかったか」
スルスルと滑り台を降りる我妻梶。
彼女は学園一の変人だ。
事あるごとに人を付け回し、話しかけ、突撃し、煙たがられる変人。
ついこの間、下水を採取しているところを教師に連行されたことは記憶に新しい。
「ふぅん……」
「な、なんだよ」
学園一の変人はまっすぐな目で僕を貫いた。
整った顔立ち。花宮さんのほうがかわいいが。
けれど問題は目だ。
精神を丸裸にされそうなその目。それに、僕の心は危険信号を発令する。僕はガタガタの親指の爪で、手のひらをいじる。
「君みたいなやつ、事件を起こせば不登校になりそうだけどな~」
「ぼ」
僕は鞄を盾にしながらも口をついた。
「僕は犯人じゃないよ」
「へぇ!」
僕の否定に我妻は目を輝かせた。
「違うのかい?君は、あの『リコーダーペロペロ事件』の犯人を否定すると!」
「そ、そうだよっ」
『リコーダーペロペロ事件』
寒気に襲われる。
花宮さんのリコーダーが盗まれ唾液まみれで発見された、あのおぞましい事件の犯人になった気はない。
「つじつまが合う!」
一方、我妻は手を叩いた。
「おかしいと思っていたんだ。君みたいな変態趣味の人間が、事件を起こし、犯人と名指しされ、しかし、いじめられながらも学校に通う」
ずいっ、と我妻の顔が近づく。
「行動に整合性が取れないと気になっていた」
僕は思わずしりもちをついた。
「だが、ピースははまった。そう、君は犯人ではない。私にはわかる。君は嘘を言っていない」
けれど、と我妻は首をひねる。
「なぜ逃げない?今にも吐きそうな精神状態で。それとも、大好きな花宮美由のためかい?」
我妻のからかうような声に、僕は睨み返した。
「当たり前だ」
僕の反抗的な態度が意外だったのか、我妻は目を丸くする。
僕はあの事件を思い出し。そしてあの日からの仕打ちを思い出し、かっと体の奥が熱くなる。
「僕は犯人じゃない。あの『リコーダーペロペロ事件』で花宮さんに危害を加えた真犯人が、まだ学校にのうのうと通っている。花宮さんに危害を加える可能性がある。それを見逃してなるものかっ」
僕は声を張る。
「僕はリコーダーペロペロ事件の真犯人を見つけるまで決して屈することはしない!」
僕の声は公園中に響いた。
いつもぶつぶつと小さな声しか発しない声帯が、大声に震える。
「はっははっはははっ」
僕の言葉に我妻は手を叩いた。
愉快そうに、口角を上げる。
「いいね!いいね!面白い!」
愉悦に歪めた表情。
「変態趣味を持ちながら、ここまで他人を思う者は珍しい」
気に入った。と我妻は叩いていた手を差し伸べた。
「ぜひとも、君の捜査に協力させてくれ。変態紳士の、中田風太くん」
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