「きみの味方だよ」をどう見る?

渡貫とゐち

初出:monogatary.com「きみの味方だよ」


「私はきみの味方だよ」

 そう言ってくれたお姉さんがいた。

「私だってきみの味方だからね?」

 また別のお姉さんが声をかけてくれた。

 次第に、ぼくの周りにぞろぞろと人が集まってくる……。

 道の真ん中で泣いているぼくを気にかけてくれているのだ。


「俺だって君の味方だぜ」

「僕も君の味方になろう。困っているなら教えてくれるかい?」

 やんちゃなお兄さんや、メガネをかけた頭が良さそうなお兄さんが、ぼくの目線に合わせるために、屈んで視線を下げてくれる。

 大きな手がぼくの頭を撫でた。

 たったそれだけで安心する……、ああ、ぼくにはこんなにも多くの味方がいたんだなって……。


 捨てたものじゃない。

 ぼくにもまだ、人を集める求心力があるみたいだ。


「で、どうしたのかな? もしかして迷子? お父さんとお母さんはいないのかな?」

「いない……今はひとりだよ」

「そっか……じゃあ、どうして泣いていたんだい?」

「……痛かったんだ……」

「痛い? 怪我は……していないみたいだけど……外傷じゃないってことか? 体調が悪いのか?」

 代表して、メガネのお兄さんが聞いてくれる。

 ぼくは首を左右に振った。

 痛いけど、そうじゃない。体の痛みじゃない、心の痛みだ――。


「お姉ちゃんに置いていかれたんだ……『あんたなんかもう、うちの子じゃない』って言われて……」

「それは……酷いお姉ちゃんだね。きみを置いて先に帰ってしまうなんて」

「帰ってないよ」

「ん?」


「たくさん人が集まっちゃったから埋もれちゃってるけど、すぐ傍にいるよ――ね、お姉ちゃん」


 う、と声を漏らした人物が、人だかりの中にいた。

 際立つその声に、周囲のみんなが声の主を見る。

 お姉ちゃんだ。


 ぼくに声をかけてくれた多くの人たちの中で、結構早い段階で「わたしはきみの味方だよ」と声をかけていた……どさくさに紛れて。

 大きな問題になる前に、ぼくを回収しようとしていたのかもしれないけど……、お姉ちゃんの心配は杞憂にはならなかったみたいだ。


 道の真ん中で子供を囲んでいる大人たちの集まりは、そこそこ注目の的になってしまっていた。

 その原因を作ったお姉ちゃんは、周囲からの視線で針のむしろになっている……、本当にぼくを置いて帰るつもりはなかったと思うけど、実際、ひどいことを言われたのだ……涙は嘘ではなかった。

 たとえ冗談でも、言ってはいけない言葉があるんだよ。


 多くの人たちから非難の目を向けられて、ちゃんと自覚してくれるなら……ここでお姉ちゃんに助け船を出すべきではない。


「いや、あの……わたしは、その――ご、ごめんなさいっ!」

 お姉ちゃんが謝りながら、人波を掻き分けて近づいてくる。

 ぼくの手をぎゅっと握った。


「ほら、帰るよ」

「ぼくは、『うちの子じゃない』って、言ってたのに」

「あんなの……売り言葉に買い言葉でしょ……っ、分かりなさいよ、何年わたしの弟やってんの!?」

「ぼくは売ってないんだけど……」


 苛立ったお姉ちゃんが、八つ当たりしてきただけじゃないか。


「…………ごめんって。ごめんなさい、わたしが悪かったですから……。八つ当たりだったのは認めるわ、置いていこうとしたのだって……。でも、これだけは言わせて。わたしはあんたの味方よ。少なくとも、『うちの子じゃない』としても、わたしはあんたの味方だから」


 味方、ね。

 でも、敵はどこにいる?


 敵だと思ったお姉ちゃんが味方だって言ってしまえば、敵がいなくなるわけで……。

 じゃあ味方だって言ってくれる人は、今は『無所属』みたいなものなんじゃないか?


 味方だよ、と言ってくれる人の中で、今後、敵か味方か判別することになるわけで……。

 敵がいなければ、『きみの味方だよ』という言葉に、効力なんてないだろう。


 みんなが言えば、前提条件が変わってしまう。

 みんなが言えば、裏切り者が敵となり――無関係だった相手が敵に変わるのとなにが違う?


 言っているだけだ、という可能性がある以上、味方という自己紹介に信用はない……結局のところ。

 たくさん集まってくれた人たちよりも。

 世界でたった一人のお姉ちゃんから言われた、保身から出た冗談に聞こえる「きみの味方だよ」が、一番信用できるのだった。



 ―― 完 ――

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