ここねのお師匠さま〜妹は他人のふりをして兄と一緒にVRMMOを遊びたい〜
ほわりと
プロローグ
夕飯を食べているお兄ちゃんをじっと見つめていると一瞬目が合った。視線を逸らして持っていた箸でハンバーグを切り分ける。
「なあ佳奈、なにか用か?」
「ううん、別に」
つい素っ気ない態度で返事をすると、お兄ちゃんは「そうか」と一言だけ呟いて食事に戻った。気にされても困るけど、全く気にしていないのも困りものだ。モヤモヤする気持ちを抑えるために目を閉じで大きく一回深呼吸。今日は私のお兄ちゃん、一樹の誕生日なのだ。一年に一回のお祝い、楽しく過ごしたいに決まっている。
ケーキを食べ終わったら誕生日プレゼントを渡そう。心の中でそう決めて、足元に置いてある紙袋を弄りながら、ケーキの箱からお母さんがケーキを出すのをじっと待つ。
買うときには私も一緒について行って、お兄ちゃんが好きなチョコレートケーキを選んだ。私はどれにようかな。モンブランもおいしそうだったし濃厚チーズケーキもおいしそう。王道のイチゴが乗ったショートケーキも捨てがたい。
「あ、母さん。俺の分は冷蔵庫に入れといて」
「一緒に食べないの?」
お母さんに「ああ」と頷くと、お兄ちゃんは嬉しそうに鼻歌を歌いながら二階にある部屋へ向かった。主役不在のまま私たちはケーキを食べる。やっぱりショートケーキはおいしいなあ。
「一樹も一緒に食べればよかったのにな」
「あらあら、お父さん。一樹ももう大学生だから、好きな女の子と電話でもしているんじゃない?」
お母さんとお父さんがそんなことを話しているけど私は知っている。お兄ちゃんに電話をするような彼女がいないことを。それに、何をしたくて部屋にいったのかは知っている。お兄ちゃんは今、自分へのご褒美として買った最新ゲーム機を遊んでいるはず。
半年前からアルバイトをしてお金を貯めていたから相当嬉しいのだろう。そのことを思い出すと、ついムッとしてフォークに力を込めてイチゴを突き刺す。誕生日の夕飯くらい、ゲームなんて休んでゆっくり食べればいいのに。
「佳奈はなにか知っているか?」
「……知らない」
お父さんに聞かれて私は素っ気なく答えると、そのまま口を大きく開けてイチゴを丸ごと頬張った。大きすぎてリスのようにモゴモゴとなんとか食べる。せっかく用意した誕生日プレゼントが渡せなかった。
夕飯を終えるとテレビを見る気になれなくて、すぐにお風呂に入った。体を洗い、湯船に浸かるとため息をついて天井を見上げる。
「お兄ちゃんが遊んでいるゲーム、そんなに面白いのかな?」
いつもより長湯をしてから廊下に出ると、ちょうどお兄ちゃんが歩いていた。私を見つけると、近づいてきて手に持った箱を渡してきた。
「これ、佳奈にやるよ」
「あ、うん」
つい流れで箱を受け取ると、最近流行っているフルダイブ型のVRゲーム機だった。小学生の私には手が出せないほど高い。お兄ちゃんが買った時に値段を見たら十数万円もして驚いた記憶がある。そんな高級だから、私の友達にこれを持っている子はいない。
「最新型を買ったから古いのが部屋にあっても邪魔でさ。売るのももったいないし使わないのももったいないし……」
いま、邪魔って言った?
邪魔なものを私に渡したの?
お兄ちゃんの言葉に怒りを覚えた。私の部屋はゴミ箱じゃないんだけど!
「それに、二台あれば一緒に遊……「お兄ちゃんなんて知らないっ!」」
私はお兄ちゃんの言葉を全く聞かずに途中で遮り、廊下をドスドスと鳴らして自分の部屋に入った。せっかくの誕生日なのに喧嘩しちゃった。ドアを背にしてその場で床にペタリと座り、ため息をついて俯く。
「……これ、返し忘れた」
手元にはお兄ちゃんから渡されたVRゲーム機の箱。このゲーム機がきっかけで喧嘩をしたから返しづらくなり、おにいちゃんに渡すつもりだった誕生日プレゼントと一緒に押し入れの奥にしまったのだった。
そして約一年後。
私はこのことをすっかり忘れて過ごしていたけど、お兄ちゃんの誕生日が近づいてきてやっと思い出し、お兄ちゃんが遊んでいるVRMMOを遊んでみることにした。
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