穂妻学園の故事成語 ~昼飯前~

飛鳥つばさ

彼女の微熱

 吾輩はロボである。名前は正しくはミケランジェロと言うが、まあミケと覚えていただければ結構。周りもほとんどミケとしか呼ばないし。

 それは梅雨もそろそろ明けようか、天気はじとじとと雨が降ったり、いきなりカンカン照りの酷暑になったり、かと思えばゲリラ豪雨にみまわれたりと不安定な時期のこと。マスターが言うには、こういった気候変化は年々極端になる傾向だそうだが。

「ああひまわりいた! 頼む、なんとかしてくれ!」

 我らがロボ研の新人、ロン・トイトイ殿が登校してくるなり、いつものツンデレな態度をかなぐり捨てて吾輩のマスター、青空ひまわりに泣きついてきた。

「ん? 挨拶おはようもなしに何? パイリァンちゃんどしたの?」

 マスターはうろんげな目をトイトイ殿に向けた。そもそもの出会いの印象が残っているので、マスターのトイトイ殿に対する態度は基本”やや嫌い”である。

「それなんだ! 朝起きたらこの調子で」

 トイトイ殿はかなりテンパった様子で見慣れないどでかいクーラーボックスを開けると、中身の身長30センチそこそこの少女型ロボをマスターに付き出した。

 冷気を伴いながら現れた”彼女”は、いつも着ている赤地に白のスクエア・セーラーカラーの中等部1-F制服(ロボ仕様)を脱がされた、ふりふりと装飾の多いブラとパンツのみの姿だった。

「やだキミ、そーゆー趣味に目覚めちゃったの~?」

 マスターの零下の視線がトイトイ殿に刺さる。

「だーかーらー、これはだな!」

「まーまー、分かってるって。軽くボケてみただけ☆」

 マスターはぽんとトイトイ殿の背中を叩くと、改めて女の子ロボ――パイリァン――をじっくりと観察した。

 そう、見るべきところはそこではない。

 いつもは雪のような白い肌が、赤みを帯びている。視線も定まらなくて、思考回路がうまく機能していないようだ。なにより、警告ワーニングが点滅している水温の状態表示ステータス・インジケータランプ。

自律温度調整サーモコントロールの不調だね。季節の変わり目にありがち。とくにパイリァンちゃん、体がちっちゃいから」

 マスターはさっくりと彼女の”病状”に診断を下した。

「直るのか? 直るんだろうな!」

「一応カイチョーも呼んでクラブに行くけど、問題ないない」

 マスターはロボ初心者でうろたえまくるトイトイ殿をさらりと受け流して学生端末タブレットをちょこちょこといじくった。

「てか、なんで連れてきちゃったの? 動かすと負担になるよ。センセーに連絡すればトイトイちゃんが休むことだって」

 事態にまったく動じていないマスターに焦りをつのらせているのか、トイトイ殿は不安を隠せない表情で答えた。

うちにゃロボをどうこうできる人間はいねえんだよ! こいつも『お兄ちゃん、お兄ちゃん』ってうわごとするからつい」

「はいはい。ボクも通った道。じゃ行こっか」

 約半年分、いや入会から計算すれば三年分の経験の差から来る余裕を見せつけて、マスターは商業エリアへ足を向けた。

 その後を追おうした吾輩の裾を、小さな、か細い手が引っぱる。

「お兄ちゃん、行っちゃいや……」

 パイリァンが熱でとろんとした、切なげな瞳で吾輩の顔を見上げていた。

「分かったよ。……とりあえず彼女は吾輩が預かっておきましょうか」

 後半はトイトイ殿に向けて、吾輩は小さくてか細い、でも中身は金属なので意外と重い体を両腕で包みこんだ。

 ……しかしこうしてじっくり見ると、体の曲線もマスターより柔らかい感じだし……飾りの多い「可愛い」系のアンダーウェアはマスターの好みではないし……抜けるように白い肌が熱で桜のような色を帯びて……視線も熱っぽいし……どうにも目が離せなくて、こっちまで水温が上がってきますな。

「ぶー。ミケってばまたパイリァンちゃんばっかー」

 振り返ったマスターが、ぷう、と頬をふくらませた。

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