《ハズレガチャ》扱いな底辺冒険者の自分が転送罠を踏んだら、最強冒険者の彼氏になりました。

駄天使

第一章:底辺冒険者が、最強冒険者《迷宮王》の彼氏になる話

第1話:ありふれた底辺冒険者の日常


 パンッ、と迷宮の薄闇に乾いた音が響いた。

 一発、二発、三発。自動拳銃から放たれた弾丸が、宙を舞う黒い影を捉える。


『ギィッ!!』


 それは巨大なコウモリに似た生き物。名称はそのままジャイアント・バット。

 通常のコウモリの二倍程度の大きさを持つ他、その鋭い牙で生き物の血液を狙う。

 なかなか凶暴ではあるが、脅威度は高くない。


「っと……!!」


 ただ、多くの場合は複数の群れで活動しているのが厄介な点だ。

 襲ってくる黒い羽根を、床に伏せることで紙一重で回避する。

 焦るなと、心の中で繰り返し呟きながら、照準を合わせる。

 マガジンに込められた弾の数には、まだ余裕があった。


 離れていてはまともに当たらない。血を啜るため、距離を詰めてくるのを待つ。

 ジャイアント・バットの動きは不規則だが、図体の大きさは的の広さと同じ。

 十分に近づいてきたところで、銃爪ひきがねを引いた。


『ギャッ!?』


 耳障りな悲鳴と共に、コウモリの身体が地に落ちる。

 動かないコウモリをつま先で軽く蹴って、死んでいる事を確認する。

 問題ない。曲がり角で出くわした時、たまたま即座に撃ち落とせたのを合わせて三匹。


「ふー……」


 他にジャイアント・バットがいないのも確かめた上で、安堵の息を漏らした。

 緊張で僅かに震える手で、拳銃を腰に下げたホルスターにしまう。

 そうしてから、薄暗い中を慎重に歩を進める。

 ゴツゴツとした石造りの床は苔生していて、うっかり足を滑らせる者も珍しくない。


 片手でズボンのポケットを漁り、スマホを取り出す。

 《迷宮組合》開発の冒険者用アプリ、『Adventure NET』。

 ロック画面上でも最新情報は表示されるので、それを素早く確認する。

 ──該当地域での、新たな魔物の発生情報は無し。

 低深度階層、しかも『整地』が済んでいる《組合》管理の比較的に安全な採集地帯。


 それでも、この場所は迷宮ダンジョンの一角。

 今や知らぬ者はいない、《アンダー》と呼ばれる広大な地下迷宮世界の中なのだ。

 一秒後の安全保障などあるワケもなく、決して気を抜いてはいけない。

 分かっていても、アプリを見た青年──夜賀やがマヒロは安堵の息をこぼした。


「……急いで、次の採取ポイントを回らないと」


 他に仲間はいない。今回受けた仕事は、単独での《資源リソース》採集だ。

 濃い《魔力》を帯びた迷宮内の物質は、地上で様々なモノに加工される。

 それは稀少な鉱石であったり、本来なら合成が難しい化学物質であったり。


 マヒロはまだ学生の身分で、難しい事は知らない。

 ただ、冒険者という稼業は需要と供給の上で成り立っているのは確かだ。

 危険な未踏領域を探索できないような人間でも、日々の糧を得られる程度には。


「一つ、二つ、三つ……ヨシ」


 ゴツゴツとした洞窟めいた壁を、小さなピッケルで叩いて削り取る。

 薄い光を帯びた石の切片を、専用のガラス容器へと詰める。

 依頼内容に書かれた必要数がある事を確認すれば、今回の仕事は完了だ。

 後は設置された『ゲート』まで戻り、帰還すれば完了だ。


 生き物の気配がない通路。来たのと同じ道を、再び慎重な足取りで戻っていく。

 大人が三人ほど並んで歩いても、余裕なぐらいの広さがある洞窟。

 壁は自然に出来たように荒いのに、足元はある程度は人工的に整えられている。

 全体的に薄暗いが、不可思議な光が空間に満ちているため、視界にはさほど困らない。


 この光こそが《魔力》だ。《アンダー》がもたらした謎のエネルギー。

 様々な物質に加工可能な《資源》に、迷宮に生息する様々な恐るべき魔物。

 魔法を含めた冒険者たちに宿る超人的な能力も、全てこの《魔力》に由来するものだ。


 ……とは言っても、マヒロは詳しい事は分からない。

 彼にとって、《アンダー》の迷宮も《魔力》も、物心ついた時から既にあったものだ。

 この不条理な迷宮ダンジョンについて、無知な子供も同然だった。


「『門』の確認、ヨシ」


 程なくして、目的の場所にたどり着いていた。

 『門』の呼び名の通り、壁にはめ込まれた装飾品の目立つ扉。

 自然に生じた迷宮への『入り口』を、《組合》の手で安定化させたもの。

 見た目上に異常がない事を確認してから、マヒロはドアノブに手をかける。


 転送事故は珍しいが、稀にだが起こる。注意するに越した事はない。

 扉を押し開いた瞬間に、ほんの少しだけ視界が白く霞む。

 視覚が正常に戻るのとほぼ同時に、熱を伴った空気が意識を包んだ。


「おい、急げ! 予定時間までも間がないぞ!!」

「なぁ。この依頼の条件、もうちょっと何とかならないか?

 前の仕事でちょっと足が出ちまってさ、頼むよ」

「そうは言われましても、既にこの条件で合意はされていますので……」

「聞いたか? 《迷宮王》の最新情報。また未踏領域の探索範囲を広げたんだってさ」

「は? マジか? この前も探索深度の数値を更新してなかったか?」

「《迷宮王》以外誰も到達できてないから、記録上は非公式になっちゃうのギャグだよな」


 だだっ広い空間ホールと、その中を行き交う何十という人々。

 彼らは全員、マヒロと同じ冒険者だ。いや、『同じ』という表現は語弊があるか。

 雑多な言葉の群れを耳に入れるだけはしながら、真っ直ぐ受付の一つに向かう。

 『迷宮からの帰還者、依頼の完了報告はこちらの五番受付まで』。

 見慣れた看板の下には、やはり顔馴染みの受付嬢の姿。


「あ、夜賀さん! 依頼の完了報告ですか?」

「はい。これ、確認をお願いしても?」

「ええ、採取物はこちらに」


 いつも通りの笑顔で、受付嬢は素早く対応してくれる。

 受付の台に置かれたトレイの上に、マヒロは今回採取した《資源》入りの瓶を並べる。

 必要な数は揃っているか。質は問題ないか。

 まだ年若い、二十代半ばぐらいの娘だが、この受付嬢は《組合》に勤めて長い。

 一分にも満たない鑑定作業で、依頼が問題なく完了した事を確かめた。


「はい、大丈夫です! 今回も急な話で申し訳ありませんでした」

「いやいや、良いですよ。こっちも稼がないと、学費に生活費と色々足りないんで」

「そういえば、夜賀さんはまだ学生さんでしたもんね……」


 大変ですよね、と報酬の入った封筒を手渡しながら、半ば本気の同情で受付嬢は呟く。

 学生が《組合》に登録し、バイト感覚で冒険者をしているのも珍しい話ではない。

 多くは小遣い稼ぎと、ほんの少しのスリルを求めて。

 《組合》に設置された基地局のおかげで、低階層ならスマホも使用できる。

 これを利用し、迷宮内で『生配信』を行う者までいるぐらいだ。

 純粋に生活のために稼ぎを求める人間──マヒロは、そんな少数派の一人だった。


「それじゃ、俺はそろそろ。あんまり遅くなっても困るんで」

「あ、はい。……っと、そうだ! すみません夜賀さん、もう少しだけ!」

「? はい」


 呼び止められ、立ち止まる。受付嬢は手元のパソコンを慣れた手付きで操作する。


「明日なんですけど、緊急の依頼が一つ。低階層で魔物が発生したみたいで……」

「何が出たんですか?」

「ゴブリンですね。今日も既に駆除は行われています。

 けど数が多くて、まだ完全には片付いていないみたいなんですよ」

「……それで明日も引き続き駆除作業があるから、参加して欲しいって感じですかね?」

「ええ、低階層の魔物駆除ってあんまり人気がなくて……」


 それもまた、当然の話ではある。

 ゴブリンは低階層で良く見られる魔物で、最弱の部類に入る。

 子供程度の体格で、知能や身体程度も子供並み。酷く臆病だが、狡猾で凶暴。

 最弱とはいえ、魔物は魔物。数が多ければ面倒だし、当然命の危険もある。

 しかも報酬は低階層での《資源》採集と大差無いのだ。


「……分かりました。時間はいつも通りで大丈夫ですか?」

「! はい、はい、勿論です! いや、本当に助かります……!」

「規定の人数は最低集めなくちゃならないですもんね。ご苦労さまです」


 苦笑いのマヒロに、受付嬢は完璧な営業スマイルで応えた。

 細かい条件は、スマホのアプリ経由で送られてくる。それで確認すれば良い。

 話が終わったら、足早に《組合》の広間ホールを横切る。


 幾つも用意された受付で、同じように仕事の話をする冒険者たち。

 広間の奥に設置された『門』には、立派に武装した冒険者の一党が出入りしていた。

 現代日本とは思えない鎧兜に、不可思議な装飾が施された杖や剣。

 それらは全て、《魔力》の宿った《遺物アーティファクト》だ。


 ふと、マヒロは自分の格好を確認してみた。

 一応は頑丈な素材で編まれたツナギに、安全靴。腰には大きなベルトポーチ。

 武器は鞘に納めた細身の剣と、一丁の拳銃。弱い魔物程度なら問題ない武装。

 どれもこれも、《組合》から貰える支給品の装備だ。

 中肉中背の平均的な日本の男子学生が身につけるには、かなり無骨ではある。

 しかし、同じ冒険者として出で立ちを比較すると……。


「……やめよう」


 ため息一つ。彼らはそれなりの才能を持ち、それ以上の危険に挑んでいる。

 羨む気持ちはあるが、あまり意識しすぎても仕方がない。

 微かに聞こえる噂話は無視し、マヒロは《組合》の建物から外に出た。


 夜の街は暗く、明るい。空は星一つ無く、街の営みの光がまばゆい。

 騒がしい繁華街を通り過ぎ、バス停へと向かう。

 《組合》支部前のバス停から、バスに乗って《迷宮街》前の駅に。

 バスを下りて駅に行く途中、少し時間があるのでコンビニに立ち寄っておく。


「んんー……サンドイッチで良いか」


 時間も遅いためか、客の姿は少ない。

 レジでやる気も無さそうに立っている店員の前を通り過ぎ、目当ての物を手に取る。

 タマゴとハムのサンドイッチ。空腹は感じているので、同じものを二つ。

 ふと視界の隅を掠めるのは、レジの傍に置かれたガラスケース。

 置かれているのは栄養ドリンク──ではない。ヒールポーションだ。


 元々は迷宮で良く見つかる《遺物》の一つだが、最近製薬会社が商品化に成功した。

 一応は医薬品扱いだが、《組合》の近辺なら薬局ではなくコンビニでも販売している。

 お値段は一本辺り10万円(税込み)。

 以前はこの五倍だったと考えると、大分安くなった方ではある。

 どっちにしろ、底辺冒険者の手に届くような代物ではないが。


「はい、サンドイッチ二つ。Bポイントはお付けしますか?」

「お願いします」


 Bポイントとは、買い物した時に冒険者用アプリに付けられるポイントだ。

 店員に客の誰が冒険者でないかなど分からないので、基本誰に対しても聞く。

 それを鬱陶しがる客も多いが、店からすればマニュアル通りの対応なので仕方ない。

 スマホを機械に読み込ませ、支払いとポイント付与を同時に済ませて商品を受け取る。


「ありがとうございましたー」


 気の抜ける店員の声を背中に受けながら、コンビニを出た。

 飲み物も買っておけば良かったかと思ったが、それは適当な自販機でも良いだろう。

 人もまばらな駅の構内に入り、改札にスマホをかざして通過する。

 ……いや、通過しようとしたところで足が止まった。改札が開かないのだ。

 おかしいとスマホを確認するが、異常はない。けれど何度かざしても、反応はない。

 どうやら『たまたま』故障した改札に当たってまったようだ。


「今日はマシだと思ったんだけどなぁ……」


 マヒロは小さくぼやくと、別の改札に移る。そちらは問題なく使用できた。

 階段を下りてホームに目をやれば、丁度お目当ての電車が止まっているのが見えた。

 車内に乗り込む。幸い、大して混雑はしていなかった。

 空いている席に腰を下ろすと、マヒロはほっと息を吐き出した。


「……疲れたな」


 昼間は学校に行って、日が落ちてから夜まで冒険者の仕事バイト

 マヒロは一人だ。家族は十年前に起こった《迷宮戦争》の巻き添えで死んだ。

 国は遺族に対して補償金を出している。

 生活費と学費を稼ぐだけなら、冒険者を選ぶ必要はなかった。

 にも関わらず、マヒロは自らを孤独にした迷宮に潜る道を選んでいる。


「どうしてだろうな……」


 呟く言葉は、空しい独り言だ。気付けば電車は動き出し、帰り道を進む。

 窓から見える景色に、生まれ育った十年前の街の面影はない。

 突如として世界中の地下と迷宮が繋がり、無数に起こった混乱の一つとして街が焼けた。

 故郷の姿と多くの人命が失われ、その焼け跡を《迷宮組合》が復興させた。

 偉大な冒険者、《迷宮王》を中心に設立された民間組織。

 地下の迷宮世界、《アンダー》に挑む冒険者たちの地位を確立したのも《組合》だ。


 ──自分はどうして、《組合》の門を叩いたんだろう?

 分からない。確かに何かがあったはずだと、マヒロは自問する。

 憧れだったか、諦めだったか。冒険者となる事を選んだ理由は、不思議と曖昧だ。

 分からない。分からないまま、そっと腹の辺りを撫でた。思ったより空腹だ。


「帰って、飯食べて、それからさっさと寝ないと」


 明日は平日で、学校もある。その後は頼まれた仕事に行かなければ。

 低階層でのゴブリン退治。単独ソロではなく、他に参加する冒険者たちもいる。

 問題はない──ないはずだ。底辺冒険者の仕事なら、大した危険などないのが普通だ。


「……眠」


 電車の揺れが心地良く、疲れた身体に自然と眠気を引き起こす。

 買い物袋を抱え、マヒロは目を閉じた。

 下りる駅を寝過ごす心配もあったが、今は少しでも休んでおきたい気分だった。

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