りりー

麝香いちご

りりー


夜。辺りの喧騒からは少し外れた川沿いに2人で座りきらびやかな対岸を眺めながら先ほど購入してきた弁当をつつく。形容し難い幸福感が押し寄せその一方でどこか寂しさを覚える。2人の間にあるのは沈黙。ただ、どちらもその沈黙を苦しく思わずむしろどこか居心地の良い落ち着くものとして受容していた。





一日の終わりを告げるように街灯が主役になり始めた頃。僕達は先程までいたショッピングセンターを出て右手にはついさっき購入した弁当を、左手にはスベスベとして触り心地の良い彼女の手をにぎって目的地に向かい歩を進めていた。

1歩、1歩と進むごとにお別れの時間が近づいているように思えて溢れてきた涙を引っ込める。彼女はそれに気づいているのかどうか、僕の目を見てにっこり。そしていつものようにぎゅ。と甘えてくる。

仔犬のようなその仕草に笑みを隠せずにいる僕も余程彼女に惚れているのだろう。


さて。川の水面に居酒屋のあかりが反射する。対岸では仕事を終えたサラリーマン達が楽しそうに酒を飲んでいる。そんな様子を傍目に僕達は近くにあったベンチに腰掛け唐揚げ弁当とハンバーグ弁当に舌鼓を打つ。


「今日はありがとう。」

そんなことを言い始めたのはどっちだったろうか。しばらく続いた沈黙を破り2人の間にまた会話が生まれた。

そこからは止まらなかった。

お互いの過去の話。これからの話。そして、今日の話。

ふざけあって笑って。寂しくて泣いて。たまには喧嘩で怒って。でもやっぱり好きで戻って。

そんな毎日を繰り返している2人だからこそ生み出せる空気感がやはり心地良い。


思い出のアルバムに残る1ページ。もしそんなものが存在するのならこの瞬間は何ページ目だろうか。

そもそも、1ページ目は一体いつなのだろう。


初めて電話をしたあの日。

まだ顔も知らずに恋に落ちた僕達。

初めのうちは何をするにも嫌われないか心配でよく躊躇っていた。

それも日が経てば互いのことが分かってきて。

何も言わなくても繋がっているような、そんな気持ちが芽生え始めた。

付き合って1ヶ月がたった頃にはもう結婚するなんて話もしていた。

同棲したらどんな家がいいかとか。

そんなたわいない会話が何よりも幸せで心地よかった。

2ヶ月が経った頃。もうお互いに慣れ一方ではまだ緊張する。会う度に可愛くなる彼女にドキドキする僕。魅力的な彼女に自分は見合っているのかふと心配になる。

3ヶ月。僕達は毎日のように電話をして、随分仲良くなったと思う。どうしようもないほどに彼女に惹かれている。


ここにこれから共に過ごす時を重ねる毎に追記していきたい。僕たちに待つ幸せな未来を暗示しているのか辺りはまた騒がしくなってきた。

さっきまで聞こえなかった街中を歩く人たちの声がよく聞こえる。

時の流れが僕たちに追いついたようだ。

お別れの時間が近づいている。

寂しい。でも、次はどんな楽しいことが待っているのか想像すると、胸が踊る。

水族館もいい。一日中くっついてるのもいい。そろそろプールなんていうのもありだ。でもプールで彼女の綺麗な体を見られるのは少しばかり癪ではある。絶対に誰にも渡すものか。

秋になれば少し背伸びをして紅葉を見るなんていうのもいい。冬にはイルミネーションを見たい。受験が終われば鎌倉旅行だ。

それまでに貯めたお金で婚約指輪を作ってみたい。

2人で同じ部屋に泊まって朝まで談笑したり。どっちが先に寝るのだろう。



胸の中にそっと楽しみをしまい、お別れのハグをする。


だいすき。あいしてる。


いつも言う言葉がどこか、違って感じた。

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りりー 麝香いちご @kasumimoto

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