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雪の笑い声が収まったところで、俺は銀河鉄道の夜について質問をした。
「雪はさ、銀河鉄道の夜のどこが好きなんだ?」
「私は……蠍の話かな。最初の頃の蠍は、自分が生き抜くために弱者を食べてきた。でも、ある日イタチに喰べられそうになって水の中で溺れた時、蠍は変わった。イタチにこの体をくれてやればよかったって後悔したところが、人間が小さな罪をした時と変わらないような感じがして…………後悔した後でも蠍は変われて、皆のために夜の闇を照らす星となれたのが、どんな人でも変われるのを宮沢賢治は伝えているんだって、感じるからかな」
雪は真っ直ぐ澄んだ瞳を本に向け、でもどこか侘びしそうな顔でそう言った。その表情は俺の心へ冷たい向かい風を吹き込み、夏だというのに胸が酷く凍えた。罪を犯した蠍は変われた……けれど、自分はそうでないと言っているようで、漠然とした不安を煽られ、この気持ちがばれる前に話を持ち出す。
「俺さ、白鳥の停留所がすっごく綺麗だと思うんだよな。水晶の銀杏の木とか大きなくるみの実とか、青白い牛の先祖の骨とかさ」
「うん、私もそう思う。でも、鳥捕りの赤髭が鷺を捕ってるのを私は見てみたいな」
「あ! 確かに! 捕り方のコツを掴めば俺でも鷺を売れると思うんだよな。でもって金持ちになる!」
「ふふ、器用だからできるかもね。あと、私の好きなところは……」
俺達はその後も銀河鉄道の夜の話をしていた。いつまでも言葉を絶やさず、雪はとても楽しそうに語り、俺はその話に耳を傾け続けた。
雪の言葉を通して物語を聞くと、不思議なことに頭の中へ世界が広がっていくのだ。
煌びやかな星空に、黒光りする雄々しい列車が目の前を走っている。かと思えば、俺達はいつの間にか列車に乗っていて、まるでジョバンニとカムパネルラのように銀河を旅している。君は夜空の星を指差して、楽しそうに俺に語りかける。
綺麗な砂の水晶を持ち帰ったり、お菓子のような鷺を腹いっぱい食べたり、時には他の人の話しを聞いて悲しんだり……ヤキモチ妬いたり。でも、物語が終わる頃には彼女はどうなってしまうのだろうか?
カムパネルラのように消えてしまうのだろうか…………、
でも、俺はきっと、雪の手を掴んで頑なに離さないだろう。彼女の心も消えてしまわないように、すり抜けないようにギュッと掴んで。
現実に戻ると、本当に雪の手を握っていた。彼女は驚いた顔をしてこちらを見ており、俺は慌てて手を離して謝った。考え込むのは悪いことじゃないが、無意識で手を掴んでしまったのは少しまずく、二人の間に妙な沈黙が流れてしまった……。
ふと時計見ると、もう帰らなければいけない時間になっており、学生バッグを肩にかけて立ち上がる。
「じゃあ、俺はもう帰るな」
「うん。あ、絵は大丈夫なの?」
「……うん! 雪と話したら描きたいものが分かったから」
「どんな絵を描くの?」
「うーん……内緒!」
俺はそれだけ言うと、手を振りながら病室を後にした。
病院を出て空を見上げると、空はうっすらと夕暮れ模様だった。俺は一歩、二歩と脚を進める。自然とその足は駆け出し、空の上に輝く一番星の金星へ手を伸ばす。目の前にはまだ生まれたばかりの夕日がちかちかと光り、瞳の映写機の中でくるくると廻って、俺を物語の世界へと連れて行く。
もうすぐ、銀河鉄道の夜がやってくるのだ。急いで帰ろう、筆が動きたがっている。下り坂でも坂道でも、スピード違反なんて関係ない。目の前を走る自分の影を追い越すくらいに駆け出し、一切止まらず家に帰るんだ。
あの幻想的な世界を描くために!
そうだ、さっきまで感じていた、俺と彼女の銀河鉄道の夜を描こう。一切脚色なしで、俺の目に見えた全てを、あの
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