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 深く青々しい葉を着飾った木からは、命の限り夏の訪れを知らせる蝉の姿が伺えた。ミンミンゼミとツクツクボウシのドゥオ、遠くから吹き抜ける涼やかな風が奏でた葉擦れが混ざり合い、快晴の青空へストンと溶け込んでいく。

 この町を覆い尽くすほどの入道雲は微動だにせず、静寂を纏い、青空に浮かんでいた。雲の影には空の色を写し込んでおり、どこか軽やかな雰囲気を放っていた。突風が吹けば、椿が落ちるように消えてしまいそうなほど。

 肌をジリジリと焦がす輝かしい太陽は、その光を地上いっぱいに降り注いでは高笑いをしている。病室に流れ込んでくる優しい風は、光に透ける白いカーテンをそよそよと揺らしていた。

「もう夏だな……」

 俺は病室の窓から青空を見上げ、唇から滑るようにポツリと呟いた。横では、名前のように白い肌をした幼馴染、少女・雪が倣うように青空を見上げながら頷く。

「なあ、俺もうすぐ終業式だからさ、毎日見舞いに来てやるよ!」

 にかっと笑顔を向けると、少し間を開けて放たれた言葉に、心を鋭く刺された。

「それは…………私に夏休みの宿題を一緒にやってくれと、遠回しに言っているの?」

「うぐっ」

 図星だった。

「ま、まあそれもあるけど……でも、別に来てもいいよな?」

「……いいよ」

 なぜ間が開いたのか気になるも、とりあえず許可をもらえたので良しとしよう。

「今年の夏は今までの最高気温を上回るらしいって。夏休みまだ始まってないのにな~」

「そうだね。でも、夏は好きだよ」そう言いながら、雪は小さく微笑んだ。

「そーだな……」

 夏の涼風が頬を掠めると、ふと子供のころの記憶が蘇る。

 彼女は子供のころから病弱で、内側でしか遊ぶことしかできなかった。この町に引っ越してきたのは俺が七歳の時で、雪の家とは隣同士だったのだ。雪と同い年だったのもあり、暇さえあれば彼女の家に遊びに行っていた。雪はよく本を読んだり、自分で物語を書いていた。絵を描くのが得意な俺は、その隣で物語に沿った絵を描き、二人の合作を作ったりしていた。

 そんなことを思い出しながら笑っていると、雪は本を読む手を止めて、冷ややかな目でこちらを見つめながら問いかけた。

「……何、ニヤニヤしてるの?」

「え? いや、ちょっと昔のことを思い出してただけだよ。俺さ、初めて雪に会ったときは、怖い奴だと思ってたんだよ」

「何で?」

「だって、初めてあった時、雪ってばスッゲェ睨んできてたんだからさー」

 俺が明るく言うと、雪は「そうだっけ?」と首を傾げた。

「うん、そうだよ。でさ、母さん達が話している間、俺達二人だけで遊べって言われたじゃん」

「そういえばそうだったような……」

「でも、雪は外で遊べないし凄い睨んでくるし、どうしようか悩んでたらお絵描き帳が目に入って夢中に描きだしちゃってさ。完成した絵を母さんに見せようと顔を上げたら、雪がずっと見ていることに気が付いて、何か変なこと言われるんじゃないかとハラハラしてたんだけど…………「綺麗だ」っていって雪は笑ったんだよな。その時に、あ、この子は怖いんじゃなくて、ただちょっと不器用なんだなって思たんだ」

「不器用は余計……」そう言いながら膨らました頬は、まるで雪見だいふくのようにもちもちとしていた。その愛らしい顔を素直に褒めたかったが、可愛いという言葉は彼女にとっては照れくさいようで、怒られぬよう心の中に収めた。

「そう思うと、さっきまでの恐怖心はどっかいっちゃって、毎日俺の方から遊びに行くようになったんだ。最初の内は睨んでばっかりだったけど、だんだん話すようになって、今みたいになったよな」

「そこまで睨んでたつもりはなかったけど……でも、最初に見たあの絵は、色鮮やかで綺麗で…………凄く、温かかったな」

 今では見るに耐えない絵だが、今でも綺麗だと思ってくれているのが何よりも嬉しくて、少し赤くなった顔を誤魔化そうと思わぬことを口走る。

「そ、そういえば、雪って物語を作るのは上手だけど、絵を描くのは壊滅的だよな〜! はは……は…………」

 後悔先に立たず、一度出た言葉は戻らないとはよくいうが、どうにか時を戻してくれないかと神に願いたかった。気分が上がると余計なことを口にする、俺の悪い癖がまた出てしまったのだ。

「なっ⁉︎ ……やっぱり見舞いに来ないで」眉を顰めるほど怒りを露わにした雪は、瞬時にそっぽを向いて言い放った。

「ごめんて! でも本当のこと……」

 そう言いかけ慌てて口を塞ぐが、先ほどよりも鋭い目で睨まれ、俺は蛙のようにちぢこまとなった。

 なんとか許しを得ることに成功した俺は、もう二度と変なことを口走らないよう気をつけながら会話続けた。数十分が過ぎ、見慣れた看護師が病室に入る。

「沢村さん。診察のお時間ですよ」

「あ、じゃあ俺はもう帰るな。じゃあな」

「うん、じゃあね」

 俺は手を振りながら病室を後にする。冷房の効いた天国のような病院を一歩出た瞬間、夏の洗礼とも言える蒸し暑さと、針のように照りつける太陽の熱が全身を襲う。額にぶわりと汗が溢れだし、シャツを捲し上げグッと拭う。夕方まで病院に居座ろうかと邪念を抱くが、立て込んでいる美術部の作品制作のため、なんとか誘惑を断ち切り歩き出す。

 坂の下にある交差点横の公園では、小学校中学年くらいの子供が、汗だくになりながら鬼ごっこをしていた。そんな情景に俺達の姿を重ねるのは、小さな遊び心でしかないのだろう。

 小さなわだかまりが胸に渦巻き、嘔吐に似た感覚が喉元までせぐり上がるも、それをグッと押し返し帰りを急いだ。切に揺らぐ、蝉時雨を聞かぬように……

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