心残り(前半過去回想)
<引き続き過去回想>
侯爵家への婿入り。それはつまり、私の進路が大きく変わることを意味し、さらにはマリーとの別れを意味する。
ルチア様は第二夫人でもと仰せであったが、それは私という人間を選んでくれた侯爵家に対してあまりにも不義理であると、この私自身がそれを許せないのだ。
無論それは、一方でマリーに対する不義理でもある。だから婿入りが決まった後に彼女に会いに行き、自分の口から経緯を話し、別れを切り出した。
「……そっか」
「すまない……」
マリーは沈痛な面持ちで話を聞いていた。泣いたり喚いたりなどせず、ただじっと、私の話に耳を傾けていた。
「謝ることではありません。むしろ正直に話してくださったので、素直におめでとうと祝福できます」
「おめでとうって……祝うような話ではないだろう」
「何を仰いますか。侯爵家の婿殿ですよ、大出世じゃないですか」
彼女もこれまでの間、学園で貴族の流儀を多く学んでおり、今回の私の話が滅多に無い話であることをよく理解している。だからこそ、このチャンスを逃すべきではないと言う。
「そもそもエドワード先輩には、王宮の下級役人など役不足だったのです。もっと重要なお役目を果たすためにも、侯爵様になられるのは僥倖ではありませんか」
「マリー……」
「先輩、ルチア様のこと幸せにしてあげてくださいね。そして、国のために立派な大臣になってくださいね。約束ですよ」
「ああ、もちろんだ」
「それが聞ければ私は十分です。今までありがとうございました。先輩に出会えて、一緒にいることが出来て、私は……幸せでした」
幸せでした……過去形で終わった言葉に一抹の寂しさが無かったかと問われれば嘘になる。だけど、私も過去形でそれを締めくくらなければいけないだろう……
「私もマリーに出会えて幸せだったよ」
「さようなら。お元気で……」
彼女は私の幸せを祈っていると気丈に振る舞って、最後は笑って別れの挨拶をしてくれた。それが本心からの言葉であり表情であると分かっていながらも、私の心の中が晴れることはなかった。
◆
「その私が……いまさらどの面下げてではないか……」
マリーが再び私の前に現れたとき、一体今までどこで何をしていたのか、そして、ロシターやジョンが彼女の所在をどこで掴んだのか、色々疑問が湧いたのは事実である。
なぜならあの後、彼女が学園を卒業して隣国へ旅立ったというところまでは話に聞いていたが、その後の消息が一切分からなくなってしまったのだ。
その気になって調べれば探すことは出来たのであろうが、当時私は外にあっては王宮官僚として職務に精励しながら、内にあっては権力を奪い取らんと画策する一族に目を光らせつつ内政を取り仕切るという毎日。二十歳そこいらの若造がこなすにはあまりにも重荷と言える仕事のため多忙を極めていた。
そしてルチアからもマリーのことは心配するなと言われ、自分から振ったという負い目もあってか、彼女の行方を気に留めることはしなかった。侯爵家を盛り立てるという約束を言い訳、免罪符にして、過去のことと割り切った薄情な人間なのだよ……
二度と会うことも無いと思っていた彼女に再会し、嬉しかったのは事実だ。ジョンやロシターが私のためにと手配してくれたものだから、すっかり甘えて彼女の世話にもなっている。だが、肝心なことは聞けずじまい。今までどこで何をしていたのか、結婚はしなかったのか、何故我が家の招きに応じたのか。
本人やロシターにでも聞けば答えてくれるのであろうが、自分で勝手に負い目を感じているためか、そのことを問うことが出来ていない。使用人達は私達の仲を応援してくれており、流されてのよいのかと思うこともあったが、それはそれでこれまで数十年に渡り守ってきた私の矜持が崩れ去るような気がして、一歩踏み出すのを恐れている私が居ることも確かだ。
「旦那様のお考えはよく分かっております。ですが、それはマリー殿にもお約束になられたことではありませんか」
「そうだ。あんな別れ方をしておいて、力不足で侯爵家を潰しましたとは出来ないからな」
「そうです。そして旦那様は見事に侯爵家を立て直された。ルチアお嬢様との約束は見事に果たされました。マリー殿がここに現われたのもその結果でございます」
「どういう意味だ?」
「お嬢様の、ルチア様のご遺言なのです」
「……ルチアの、遺言?」
ロシターが一通の手紙を渡してくる。封筒には忘れもしない、亡き妻の筆跡で『エドワードへ』と書かれている。
「お嬢様がお亡くなりになる前、私がお預かりした物です。お読みください」
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