みんなグルなのか?

「執事殿、お伺いしたいことがあります」

「急に改まって何であるか」


 領地での隠居暮らしにも慣れてきたある日のこと。その日は特に外出の用向きもなかったので庭の散歩をしていたのだが、屋敷に戻ると若い使用人がロシターに苦言を呈する場面に遭遇した。


(おやおや、何かあったのか?)


「旦那様のことです。あのマリーという侍女、旦那様付きに推挙したのは執事殿と伺いましたが、いかなる存念なのですか」

「どういう意味だ?」

「旦那様はとかくご自分で何でもやられるので、側付きの侍従を増やしてご負担を減らすことに異はございません。ですが、新参の、それも女性にその任をあてがい、あまつさえ旦那様と二人で行動を共にすることが多くございますれば、家中にも訝しむ者が多く……」

「馬鹿なことを……マリーは旦那様の知己ゆえ、気心も知れており側仕えに適任であると、そう申し含んでおったはずだが」

「それは聞いております。ですが、あの二人のお姿はまるで……恋人のようでございます。ご隠居されたとは申せ、使用人と深い仲になったと知れれば、良くない噂も立ちましょう」


 二人に気付かれないよう耳をそばだてていると、私が特定の侍女とだけ仲良くするのはよろしくない。執事殿はむしろそれを率先しており、何を考えておられるのかという内容が聞こえてきた。


(あら、私のことか……マリーと恋人のように見える……か。たしかに最近はどこへ行くにしても供に連れていたので、そう見えなくもないか。気心の知れた者同士と気を許しすぎたか……)


「深い仲、恋人。結構ではないか。何かお前に不都合でもあるのか?」


(どういう意味だ……?)


 事情を知らない者にはそう見えるよなあと思い、己の行いを少々反省しようかと思ったら、ロシターが若い頃、それこそ私が婿入りしたばかりの頃のような、覇気に溢れた眼光でその使用人を睨みつけながら、私の女遊び容認とも取れる発言をサラッと言ってのけるではないか。


「え? いや、不都合はございませんが、あの旦那様に女性をあてがうというのは、いささか……だってほら、堅物で知られた御方ですし……」


(好きで堅物をやっていたわけではないぞ!)


「……旦那様が今までどれだけこの家のために働いてこられたかを知っておりながら、この程度で訝しむ者が家中におるとは……誰と誰だ。お主達には改めて教育してやろう……」


 そう言って若い使用人の首根っこと掴むと、ズルズルとどこかへ引き連れて行ってしまった。

 

(あれはロシターが怒っているときの顔だ。引き連れていったのはどこかの説教部屋だろう……)




 それから数日後、マリーと一緒に出かけるときに、あのときの使用人とすれ違ったら、若干オドオドしていたが、笑顔で「行ってらっしゃいませ」なんて言ってくるものだから確信したよ。


 私とマリーをくっ付けようと画策し、完全に外堀を埋めにかかるため、家中の者全員を巻き込んでいる首謀者が息子ジョン執事ロシターであるということ……


 私に気を遣ってか、側仕えさせるだけでもよいと言ってはいたが、最終的には私の口から後妻に迎えさせるつもりなのだろう。気持ちは嬉しいが、要らぬお世話ではないかね?


 そしてそれからしばらく後、決定的な出来事が起こった。



 ◆



「パーティーの招待状だと……」


 その日、邸に届けられた国王の御印入りの書状は、3ヶ月後に王城で開かれるパーティーへ私にも来るようにとの内容であった。招待という言い方ではあるが、完全に来いという命令にほかならない。


「気が乗らん」

「そうは申されても、陛下の御印入りということは直々のお招きでございます」

「断れぬか?」

「分かりきったことを聞かれまするな。断れません」

「ジョンに送るのが手違いで私に来たとか」

「若様には別に招待状が届いております。この書状の宛名はエドワード・ギブソン、旦那様宛で間違いございません」


国王陛下ブライアンの野郎……何を考えているんだ……)


 夜会に行くのであれば女性同伴になるな。別にいなくても問題は無いが、高位貴族ともなれば第二夫人や妾くらいはいるもので、正妻が身罷っていても、連れて行く女性に困るケースはあまり無い。


 だが私にはそんな相手がいない。となれば、私も独身男性の1人と扱われる。


 昔ほどではないにせよ、未だに後添えの話を持ち込まれることが無いわけではない。興味がないので気にも留めなかったが、特に隠居してからは再燃したかのように話が降って湧いており、この状況で行けば格好の餌食になるのは明白なので、行かなくていいなら行きたくない。


 別に女性が嫌いとか男性が好きということではない。官僚にも軍人にも女性は多くいるから、仕事の話とか日常会話は普通に出来る。ただ、明らかに男女の関係狙いで近付かれるのが嫌なのだ。


「旦那様、ならばマリーをお連れになればよろしいではありませんか」

「なんでここで彼女の名前が出てくるのだ」

「彼女は平民ではございますが、長らく貴族の家で働いておりマナーには問題ございません。それになにより、国王陛下と学友で面識もございますれば、その辺の名も知らぬ令嬢をお連れするよりも十分に役目は果たせますでしょう」


 男女の関係狙いで近付くご婦人除けには、女性同伴で行くのがベスト。とはいえ、今から私の眼鏡に叶い、かつ、王家主催の夜会に連れて行って問題のない教養持ちとなれば、探すのも難しいので、マリーであれば条件には合致する。平民という身分ではあるが、国王陛下の学友であり知己という事実で十分にお釣りが出るくらいだ。


 ロシターの提案は一番現実的だ。そして、彼やジョンの狙いにもピッタリ合致する。彼らの気持ちはありがたい。だが、なぜそこまで彼女を推すのであろう……




 マリーとはもう終わった関係なのだよ……

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