雷が鳴り響く夜の海猫亭。客室に案内された後、信一郎と孝弘はこの屋敷の秘密を調べ記事にしようと、皆が寝静まった真夜中に屋敷の中を歩き回っていた。


「絶対何かある。この屋敷の秘密を暴いてみせるぞ」


「ああ。もう誰もいないはずの海猫亭に人が住んでいるなんておかしい。これは秘密の匂いがプンプンする」


内緒話をする声でルポライターが言うとシャッターを切りながらカメラマンも頷く。


「美味しい話が書けそうだな」


「ああ。確か調べた資料にはこの海猫亭のどこかに開かずの部屋があり、そこには隠された国家秘密案件があるって噂だ」


嬉しそうににやりと笑う信一郎。孝弘も少し興奮した様子で言うとカメラを構えていたるところを撮影する。


「にしてもこの雨。どんどん激しくなってないか」


「ああ。まるで嵐でも来るみたいな嫌な感じだな」


窓を叩く雨の激しさにルポライターが言うとカメラマンも頷きけだるそうな顔をした。


「ん、あの扉。今までと作りが違うな」


「ああ。何かあるかもしれない」


孝弘がカメラを構えた時今まで見た事のない錆び付いた鉄の扉を発見する。


それに信一郎も記事のネタになりそうな匂いを嗅ぎ取り二人でそっと扉を開けようと近寄った。


「鍵は開いてるのに、錆び付いてて開きやしない」


「無理矢理こじ開けよう」


カメラマンが一人でドアノブを回し開けようと試みるも重たい鉄の扉は開くことはなく、その様子にルポライターも一緒になって無理矢理こじ開けて中へと入る。


「こりゃ凄い。こんなにも第一次世界戦争時代のものが転がってるなんて」


「こいつはスクープになるぞ」


興奮した様子で写真を撮りまくる孝弘。その隣で乱雑に積み重なった書類の山を探りながら信一郎も呟いた。


「……ん? こいつは――」


棚の奥に入っていた古い本を取り出した時一緒に落ちてきた写真を拾い上げ驚く。そしてそっと胸ポケットへとそれをしまい込んだ。


「おや、いけませんね。勝手に屋敷の中を物色されては困りますよ」


「「っぅ!?」」


背後からかけられた声に二人は心臓を跳ね上がらせ慌てて振り返る。そこには志郎が立っていて笑顔を浮かべているが、どこか探るような眼差しで彼等を見ていた。


「いや~。ルポライターとしてつい、好奇心が出てしまってな。はは、はははははぁ~」


「俺もカメラマンとしてつい写真を撮りたくなってな。この屋敷は歴史的にも価値がある建物だ。だからつい写真におさめたくなってね」


「それはそれは、お仕事に熱心なのですね。ですが、断りもなく勝手にうろつくのはお止め下さい。何かあっても保証は致しませんよ」


二人の苦しい言い訳にも志郎はくすりと笑い忠告するように話す。


「もう夜も遅いですし、早くお休みになられては」


「ああ。そうしよう」


「それじゃあ……俺達は部屋に戻りますんで」


彼の言葉に信一郎と孝弘は苦笑いしながら頷き慌てて部屋を出る。


「……ああ、それとこれは忠告です。この屋敷の秘密を調べようなどとはなさらない方が良いですよ。でないと亡霊に呪われてしまいますからね」


「ははっ。亡霊だなんてそんな冗談子どもじゃないんだから。なあ」


「あ、ああ。そうだな。脅かさないでくれよ」


去り際に志郎がそう言うとカメラマンがおかしそうに笑い、隣にいるルポライターへと同意を求めた。しかし彼はそれに対して何とも言えない口調で頷くと冷汗を流す。


「それじゃあ、オレ達はこれで」


「……」


信一郎が言うと孝弘と共に客室へと戻る。その後ろ姿を見送った志郎は開きっぱなしになっている扉の奥を見やった。


「いけませんね。秘密を知ってしまっては……」


「知られてしまった以上は――」


そっと呟いた志郎の言葉に反応するように音もなく現れた輝夫がそう言って視線を送る。


「照本総司ここに。我等誇り高き第十三番隊。わが命尽きようとも……隊の名にかけて任務を遂行いたします」


総司が敬礼をすると高々に宣言しその場を立ち去っていった。


「これだから……雨は嫌いです」


雨足が治まることなく滝のように降り注ぐ窓の外の光景を眺めて志郎は眉を顰めて呟く。


その頃客室へと戻ってきた信一郎と孝弘はぼそぼそと話をしていた。


「おい、さっきから黙り込んで具合でも悪いのか?」


「いや……何でもない」


考え深げに黙り込み脂汗をかいているルポライターへとカメラマンは怪訝に思い尋ねる。信一郎はそれに首を振って大丈夫だと答えた。


「なあ、孝弘。今回の取材はもしかしたらやばいものを見つけてしまったのかもしれない」


「ん? さっきの部屋で何か見つけたのか」


ルポライターの言葉にカメラマンが不思議そうな顔で聞く。


「いや、俺の勘違いかもしれない。明日、考えがまとまったら話をするよ」


「……」


信一郎が何か言いたそうな顔をしたが首を振るとそう言ってベッドに横になる。孝弘は訝しげに思ったが何も言わず自分も布団に入り眠りについた。


 翌日。信一郎から昨夜の話が聞けるかと思った孝弘だが、彼は何も言わなかった。その後朝食の時間だと呼びに来た隆利の言葉にしたがい一階にある食堂へと向かう。


「皆様おはようございます。昨夜はゆっくりお休みになれましたか」


「まあ、お風呂にも入れたし、ベッドもふかふかで気持ち良かったし。ゆっくり寝れたと思う」


食卓に全員が座ったのを確認するとにこやかな笑顔で志郎が尋ねる。


それに真一が早くご飯が食べたくてしょうがないといった様子だったが素直な感想を答えた。


「それは良かったです。いや、お客様は久しぶりの事で、客室も暫く使った事がなかったので、ご満足いただけなかったらと心配していたのですよ」


「そんなことないですよ。とっても綺麗で居心地よかったですし。ただ昔の建物だからか、お風呂がちょっと使いづらかったですけど」


安堵した様子で話す彼へと今度は洋子が口を開いて話す。


「明治時代の建物ですから、使い勝手が悪いところも確かに御座います。ですが、客室にご満足いただけたのでしたら、掃除をしてくれている平米達にお礼を言ってください」


「はい。月影さん、山野さん。浅井さん達も有難う御座います」


志郎の言葉に春香が真っ先にお礼を述べると、他の客人達も面倒だけど仕方ないといった感じで口々に感謝の意を伝えた。


「皆様お待たせしました。本日の朝食は焼き魚と旬の野菜の和え物。そしてご飯と味噌汁です」


料理の盆が乗った台車を運び込み総司が笑顔で言う。彼が部屋へと入ってきた途端さっと真男が動き、料理を一人ずつの前へと並べるのを手伝う。


「さて、それでは頂きましょう」


全員の前へと料理がいきわたったのを確認した志郎が言うと皆思い思いに箸を取り料理を口に運ぶ。


「……」


「信一郎さん如何されたのですか?」


向かいに座っている信一郎が味噌汁を一口飲んだとたん顔色が悪くなる。その様子にいち早く気づいた春香が怪訝そうに声をかけた。


「っ……ぐっ」


彼が春香へ向けて何か言いたげに口をパクパクと動かしたがすぐに唇から一筋の血をたらす。そして椅子からずり落ちる様にして倒れ込んだ。


「「「「きぁあ!?」」」」


「「「「うわっ」」」


倒れ込んだ信一郎の様子に学生陣が悲鳴をあげ椅子から立ち上がる。


「おい、信一郎!」


「あっ……あっ……」


隣に座っていた孝弘が慌てて彼の体を抱き起す。すると信一郎が何事か言いたげに口を動かしどこかを指し示す。


「……?」


指さされた方を見やった彼だが、そこにあるのはテーブルと壁だけ。信一郎が何を伝えたがっているのか見当がつかない。


「っ。おい信一郎!?」


その時抱きかかえている彼の体から力が無くなって、慌てて振り返りその顔を見ると血を吐き出し苦しそうな顔のまま目を閉じていた。


「ねえ、信一郎さん如何なったの」


「来ちゃいけない。君達は来てはいけない」


心配そうな広美の言葉に学生陣がそっと近寄ろうと一歩を踏み出す。それに気づいた孝弘が慌てて声を張りあげ制止する。


「ワシが確認しよう」


輝夫がすっと前に出てくるといつもの柔和な微笑みではなく、真面目な顔をして二人のもとへと近寄っていった。


「孝弘殿。誠に残念ながら……」


「ああ。分かっている」


彼が倒れて動かなくなった信一郎の姿を注意深く観察し、脈を診ると、首を振り静かな声で言う。


それに孝弘も理解しているといった感じで呟いた。


「そ、そんな……」


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です」


何が起こったのか理解はできないが輝夫の言葉で彼が死んだということだけは分かった春香は顔を青ざめ呟くと貧血を起こしふらつく。そんな彼女をいつのまにか側に来ていた太知が支えてくれていて、心配そうな顔を向ける彼に春香は慌てて返事をして立ち直す。


「ねえ、警察を呼びましょうよ」


「残念ですが、ここは人里離れた森の奥深く。電気は通っていますが、電話線が繋がっておらずすぐに連絡はできません」


洋子の言葉に志郎が首を振って答える。


「そんな……」


「直ぐに手紙を書いて送ったとして警察の下に届くのに二日。さらにそれがいたずらでないと判断されないという保証はない。もし手紙を読み動いてくれることになったとしても、その返事が来るのに二日。さらにはこの館に来るのにこの豪雨では直ぐには来られないでしょう。その間にこの海猫亭のどこかに隠れている犯人に、ワタシ達が警察を呼んだことを知られてしまったら、警察が来る前に全員の口を封じられてしまうかもしれません」


その言葉に由紀子が悲痛な思いで呟く。そんな彼女達へと向けて彼がまじめな顔ですらすらと説明を始めた。


志郎の言葉にこの場にいた全員が不安な表情で黙って聞き入る。


「ならば、今は怪しい動きをすることは得策ではないでしょう。ワタシ達の方でもこれがたんなる不幸な事件なのか、それともこの屋敷にいるワタシ達を狙っての犯行なのか調べてみます。皆様は見張られている可能性がありますので、あまり出歩かないように」


結論付けるように話した志郎の言葉に誰も何も言わなかった。


住人達に促されて客人達は各々貸し与えられた部屋へと戻る。


「……」


部屋へと入った春香は浮かない顔でベッドに腰を下ろした。


「私……私がもっと早く気づいていれば。信一郎さんは……」


苦しそうに血を吐き出した信一郎の表情を思い出し、顔を覆うと涙を流す。


「君が悪いのではない。そう自分を責めなさるな」


「えっ……」


いつの間に部屋に入っていたのか輝夫が立っていて、ベッドに座る春香を伺い見ていた。


「春香さん。こんなことに巻き込まれてさぞ動揺されているじゃろう」


「そ、そうですね。どうして信一郎さんが死んでしまったんだろうって、考えただけで悲しくなります」


語りかける様に聞かれた言葉に胸の内を打ち明ける。


「そうか……ワシでよければその辛い胸の内を明かしてはくれぬか」


「うっ……私、私がもっと早く気づいていれば信一郎さんは死ななくてすんだのかもって思うと、自分が恨めしく思うんです」


彼女の隣に座り込み穏やかな口調で言われた言葉に、春香は涙を流しながら懺悔するように語る。


「犯人が誰かは分かりませんが、どうして信一郎さんが死ななければならなかったのかと……いいえ、それ以前に私が異変に気付くのが遅くならなければ助かったかもしれない。そう思うと悲しくて辛くて」


「そうか……」


しゃくり泣きながら苦しい胸の内を語り続ける春香の言葉を彼はただ頷いて聞いていた。


「っ、ご、ごめんなさい」


「いや、気になさらずに。春香さんが自分を責めるのは勝手だが、信一郎殿が死んだことであまり自分を責めて傷つかないようにな」


そうしているうちに落ち着きを取り戻した春香は、自分が初対面の人に胸の内を語ったことが恥ずかしくなり、顔を真っ赤っかにして謝る。


輝夫が悲しそうな顔でそう告げると「失礼するよ」と言ってから部屋を出ていった。


「木下さんはああ言っていたけど、でも……やっぱり私が……」


「春香さん。入るよ」


「は、はい」


扉を軽く叩く音が響き総司の声が聞こえてくる。彼女は慌てて涙を拭うと返事をした。


「春香さん。今新しい料理に挑戦してて、試作品で作ったカレーライスなだけど、良かったら召し上がりませんか」


「は、はい。有難う御座います」


彼の言葉にそう返事をすると簡易机の方へとむかい椅子に座る。


「それじゃあ……いただきます」


スプーンをもって口に運ぶその瞬間、口内いっぱいにスパイシーな香りと、ピリッと辛いルーの味が広がった。


「おいしいです」


「それはよかった」


素直な感想を述べると総司が嬉しそうに笑う。


「でも、どうして私に……」


「あんなことがあった後だから、落ち込んでるんじゃないかと思って……余計なお世話だったかな」


「いえ、一人だと不安で仕方なかったので、照本さんが来てくれて少し安心してます」


試作品を何故自分に持ってきたのか分からず春香は尋ねる。それに答えた彼の言葉に彼女は素直な気持ちを伝えた。


「わたしの事は総司って呼び捨てで良いよ。春香さんと仲良くなりたいし」


「で、ですが、年上の方を呼び捨てなんて……」


「わたしがそうしてもらいたいんだ。ダメかな?」


少し悲しげな顔でそう言ってきた総司へと春香は躊躇う。そんな彼女へと彼が悲しげな瞳のまま尋ねる。


「いえ……わかりました」


「有り難う」


そこまで言われてしまったら断るのも申し訳なくなりつい頷いてしまった。総司が嬉しそうに微笑むと空になったコップにお水を継ぎ足す。


(総司さん……じゃなくて総司はあんなことがあった後で、まともにご飯食べれてなかったから、お腹すいてるのに気付いてわざわざ試作品を持ってきてくれたのかしら?)


「ん、どうしたの」


「いえ。有難う御座います」


まじまじと見られていることに気付いた彼が不思議そうに聞く。それにずっと見詰めていたことに気付いた春香は慌てて首を振るとお礼を述べる。


「気にしないで、辛すぎたのかな。今度作る時はもう少し香辛料を減らして作ってみるから」


(お水の事じゃなかったんだけど……まあ、いいか)


勘違いされていることに苦笑を零しながら残ったカレーを少しずつ食べ進めた。


それから彼が空のカレー皿とコップを持って部屋を出ていくと入れ違いに裕次郎が入って来る。


「……」


「あ。あの……何か御用ですか」


暫く黙って彼女の横に座り込む彼の様子にさすがに春香もいづらくなってそっと声をかけた。


「一人でいるより誰かと一緒にいるほうのが心が休まるかと思ってな。オレの事は気にするな」


(気にするなって言われてもそこにずっといられたら気にしないわけにはいかないし……)


淡々とした口調で語られた彼の言葉に彼女は苦笑を零しながら内心で思う。


「あ、あの。それなら少しお話でもしませんか」


「春香は……なぜそんなに怯えた顔をする」


「えっ」


おどおどとした様子で声をかけると思ってもいない質問が返ってきて驚く。


「オレは寡黙だと自覚はしているが、君を威圧しているつもりは全くない。だからそんなにびくびくされるのはとても悲しいし、オレが春香をいじめているみたいでいやになる」


「そ、そんなふうに思わせてしまっていたんですか。えっと……その、ご、ごめんなさい」


淡々とした口調は相変わらずに裕次郎がそう話すと春香は慌てて謝る。


「謝るな。オレは春香に謝ってもらいたくて言っているわけではない。もっと自分に自信を持て。そしてちゃんと相手の瞳を見てみろ。オレ達は君のことをいじめるようなそんな目で見てはいないだろう。もしそんなふうに映っているのだとしたらそれはとても悲しくて寂しい」


「宮野さんはなんだか不思議な人ですね。そんなふうに言われたのは初めてです」


今まで自分に向けられた言葉の中で聞いた事のない話に春香は思ったことを口に出して伝えた。


「面白いか?」


「え、えっと……ちょっとだけ面白いって思っちゃいました」


無表情で尋ねられた言葉に怒らせてしまったのかなと焦りながらも自分の気持ちをちゃんと伝える。


「なら笑え。あんなことがあった後でも笑える時は目一杯笑え。じゃないと悲しみはとどまる事なく押し寄せて春香を支配してしまうだろう」


「よく分かりませんが、宮野さんのお話は面白いです」


それを聞いて柔らかく目を細る裕次郎へと春香もふわりと笑い言った。


「……裕次郎だ」


「へっ」


ぼそっと言われた言葉の意味が解らず彼女は間の抜けた顔をする。


「オレの名前。裕次郎だ。そう呼べ」


「で、ですが年上の方を呼び捨てなんて……」


彼の言葉の意味を理解した春香は慌てて首を振って断ろうとした。


「オレが許す。だからここにいる間だけでもそう呼んでくれ」


(何だか断りづらい……)


「は、はい」


問答無用な雰囲気で押し切られてしまい彼女は内心で声を零すと小さく返事をする。


「それでいい。それじゃあ、ゆっくり休め」


「はい。……裕次郎さんって本当に不思議な人だな。全然喋らない人かと思っていたけど、意外とお話好きなのかな?」


優しく頭を一撫ぜられると裕次郎は部屋を出ていく。彼がいなくなった空間で独り言を呟くとベッドへと横になり轟々と鳴り響く雷雨の音を聞きながら何だか眠くなってしまった春香は目を閉ざした。


 まるで夜中の様に薄暗い海猫亭。外では雷が鳴り響く音が続いている。


「信一郎は何かこの屋敷の秘密に気づいたんだ。だから殺された……」


孝弘は一人カメラを片手に薄暗い廊下を歩いてはいたるところを撮影していた。


「この屋敷の秘密……必ず暴いて記事にしてやる」


そう呟いた時地下へ続く階段を見つけ彼の足は自然とそちらへと向かって進む。


「地下か秘密の匂いがプンプンするぞ」


孝弘は特に意味もないと分かっていながらも、誰かに気付かれないようにと息を殺し、ゆっくりと階段を下りていく。


「……」


薄暗い地下階段の先に少しだけ扉が開いた場所があり、彼はなんとなく中を覗き込んだ。


「ごくっ……」


そこには志郎達がいて彼等は着替えの真最中の様だった。しかしそんなことはどうでもよくて、孝弘が目を見張ったのには訳がある。彼等の体には蔓草の様な刺繍でも施されたかのような模様が刻まれていたのだ。


(……いや、あれは)


最初は模様だと思っていたそれはよくよくみると赤色に光り輝き、その奥に隠された傷跡を見つける。


志郎は背中にバツの字型に斬られた跡がくっきりとあり、隣に立つ輝夫の左胸にはまるで銃弾でも食い込んだかのような風穴が開いていて、総司の左腕にはただれた焼け跡のようなものが、平米は胸からお腹のあたりまで複数の切り傷があり、致命傷だと思われる深々とえぐられている十字型の傷があった。隆利の首には、明らかに動脈の所に深い切り傷の後がくっきりと残っていて、隣に立つ真男は普段は帽子に隠れて見えない額の部分に銃弾が食い込んだような跡が残っている。


普段眼帯で隠している幸雄の右目はくりぬかれたかのように眼球が無くなっており体には焼け跡のような傷がいくつもあった。隣に立つ弟の太知は普段軍服の襟で隠れて見えない喉にかきむしったような跡があって、裕次郎は普段布で隠している顔から体全体に焼けただれた後が至る所にあり、皮膚がえぐれてしまっている。


蔓草のような模様に隠れるようにしてついている、明らかに致命傷だと思われる傷を見た時、孝弘は思わずシャッターを切っていた。


「……おや、あれほど部屋でおとなしくしているようにと、忠告致しましたのに」


「見てしまったんだね」


シャッターの音でこちらに気付いた志郎達の瞳が怪しく紅色に光ったように見える。


怖い顔で総司が呟くとちらりと横に立つ志郎達へと視線を送った。


「木下輝夫ここに。我等誇り高き第十三番隊。……たとえこの身朽ちようとも。隊の名にかけて任務を遂行す」


「っ……」


輝夫が静かな口調で言うとともに孝弘は脂汗をかき、恐怖に凍り付いた表情でその場から動けなくなる。外ではより一層激しさを増したが雷雨が鳴り響いていた。

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